2018年09月16日

赤ベルへのあこがれ

自宅で原稿を書いている外は台風21号の雨風が容赦なく壁を叩きつけています。
 近年プロ・アマを問わずトランペットは銀色の楽器が主流です。
 金管楽器に使われている金属は「真鍮」と言って銅・亜鉛の合金です。それぞれを混ぜる比率によって音の質が変わります。特にトランペットは先端の朝顔(ベルの部分)の材質が音質に大きく影響します。一般的に亜鉛が多いほど黄色っぽく、輝かしい響きになり、
銅が多くなると柔らかく温かみのある響きになると言われています。通常は保護のため薄いラッカーをかけるのですが、今主流の「銀」は外側に銀メッキをしたものです。他にも金メッキとかありますが、銀メッキをするとしっとりとした響きになるため、最近のオーケストラでは良く用いられています。
 日本で最初に本格的なトランペットが作られたのが(記憶をたどると)ニッカンの「インペリアル」という楽器で確かにベルは赤かったと思います。その後ヤマハから「プロモデル」が出され、プロ仕様の「カスタム」と引き継がれていく段階でいつしか赤ベルは製造されなくなりました。中学時代吹奏楽部で安物の学校備品を吹いていた頃、高校に行った先輩が持っていた「ホルトン」の赤ベルにあこがれ、いつかは自分の赤いベルを持ちたいと夢見ていました。
 大学を出て就職し、ようやく給料を貯めて自分の楽器を買えるようになりましたが、すでにヤマハはイエローブラス(黄色)中心で、仕方なくレッドブラス系のシルバーを購入しました。当時はヤマハばかり吹いていましたが、軽くて鳴りが良いのですが何となく音色に不満を感じていたところ、習っていた先生からフランスベッソンでカンスタルモデルがとてもいい響きがするよと勧められ、銀メッキでしたがその温かい響きが気に入って早速購入しました。
 しばらくこの楽器に助けられましたが、ある時ベッソンにいたカンスタルが独立してアメリカでカンスタルブランドとしてプロ仕様の赤ベル(ラッカー)を制作していることを知りました。でも私が欲しいC管が日本では人気が無く、大手楽器店では入手できない状態でした。あきらめかけていた時、たまたまウェブで中古楽器という店の倉庫にC管のカンスタル(未使用品!)があることを知り、東京出張の折にいそいそと新大久保まで足を延ばし、試奏してみると、私が求めていた響きがしました。早速その場で購入し持ち帰りました。
 この楽器はなかなか思うように大きな音が鳴ってくれなかったのですが、(おそらくヤマハが製造をやめた理由がここにある?)最初からppは遠鳴りのする暖かい響きを得ることができました。この楽器は今も大事に持っています。今回のバルトークでも使用しますが、銅の比率が多い(通常7割前後が赤ベルは9割程度)ためベルのあちこちがへこんでいます。
 吹き込んでいくうちにffも良くなるようになりました。(Fgの皆さんうるさくてすみません)折角手に入れた赤ベルです。長く使っていきたいと思っています。

Tp はやし
posted by 八幡市民オーケストラ at 22:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2018年09月01日

離れて初めて気付いた大切さ

八幡オケに入団してから約5ヶ月が経ちました。経験豊かな団員の皆さんとの演奏は本当に楽しく、毎週土曜日の夜は、私にとって特別な時間になりました。八幡オケのお陰で人生が豊かになり、「フルートを続けてきてよかった」と、心から思います。

フルートとの出会いは小学2年生の頃でした。暇さえあればリコーダーをピーヒョロピーヒョロ鳴らしている私を見て、「そんなに笛が好きなら」と、両親がフルートを与えてくれました。しかし、いざ始めてみると、酸欠になるわ肩は痛いわで練習が全く捗らず、レッスンではフルートを振り回してチャンバラごっこを始める始末。ついに優しい先生の堪忍袋の緒が切れて、ガムテープで手首をグルグル巻きにされてしまうほどでした…。それでも、友達からの「フルート習ってるのー!?すごーい!」という言葉が嬉しくて、なんとなくレッスンに通い続けました。

中学に入り、人気漫画「ワンピース」に登場する剣士ゾロに憧れて「剣道部に入りたい!」と意気込んだのですが、友達に連れられて吹奏楽部へ。楽器決めの際、顧問の先生から「フルート習ってるんかー、じゃあフルートパートやなー、体格的にはトロンボーンとか吹いてほしいねんけどなー」と、ブツブツ言われながら、フルートパートへ。

高校に入り、世界的オーボエ奏者宮本文昭さんの甘美な音色に憧れて「オーボエを吹きたい!」と意気込んだのですが、すでに仮入部中のオーボエ希望者がいたため、先輩に勧められるがまま、フルートパートへ。

こうして約10年間、のらりくらりと続けてきたフルートでしたが、別れは突然やって来ました。

大学に入り、オーケストラのフルートパートが定員オーバーだったこともあり、「弦楽器を弾きたい!」と意気込んでヴィオラパートへ。ヴィオラパートの皆さんは優しくておおらかで素敵な方ばかりでした。数ヶ月経ち、ヴィオラの魅力に気付き始めた頃、ふと「このままフルートをやめていいの?」という疑問が湧いてきました。思い返すと、嬉しい時も悲しい時も、いつも傍にフルートがありました。知らぬ間に、フルートは私の生活の大切な一部になっていたのです。この時初めて、自分の意志で「フルートを吹きたい!」と思い、勇気を出して他大学のオーケストラの門を叩き、その後フルートに没頭しました。

この、他大学のオーケストラでお世話になった先輩が、八幡オケを紹介してくださり、今があります。あの時フルートと離れていなければ、八幡オケの皆さんにも出会えていなかったかも知れないと思うと、ゾッとします。これからもフルートを大切にし、フルートを通じて広がっていく世界を楽しみたいです。

フルートの新米団員
posted by 八幡市民オーケストラ at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記