2017年06月04日

楽譜と台本

第49回定期、無事終了しました。ウチとしてはプログラムがいつもより直球(ていうか普通)だったためか、いつもよりたくさんのお客さんが来てくださいました。この場を借りてお礼申し上げます。運営側としてはいつも通りやっておけばまあ大丈夫という自信と、イレギュラーなことが発生した場合はどうしようかという不安が半々な一日なのですが、まあ大きな不具合もなく終わることができてとりあえずホッとしています。個人的には今回も楽しい音楽の時間を満喫してたいへん満足でした。この満足感が無ければ運営なんてやってられん・・とか書いたらあかんですね。(web担当U嬢が「運営側の立場から書いてください」と言うので・・)

話は変わりますが、演劇における台本と音楽における楽譜って役割が似てるような気がします。両方ともそれぞれの出演者が発する台詞(= 音)と簡単な場面設定が時系列に沿って書かれています。さらに言えば、それを単純になぞるだけでは演目として成り立たないというところも類似点を感じます。逆に少し違う点は、台本はほぼ文字(言語)情報であるのに対し、楽譜は大部分が記号化されていることでしょうか。言語情報は感情やニュアンスを掴みやすいですが、記号化された音符はそうでもない。加えて、言語も記号も受け取り方は人それぞれで、記号化されている分、楽譜のほうが振れ幅が大きいのも頷けます。

ということで、記号化された音符を音にするとき、たとえば台本の台詞を発するのと同様に、そこに必ず感情や情景があることを忘れないようにしたいなと思うのです。記号化された音符を記号の定義のみで音にするとおそろしく無味乾燥な音の羅列ができあがることは、コンピュータに楽譜を入力して「演奏」させてみればわかります。某有名音楽大学の学生オケの演奏でもそうなっているのを聴いたことがあります。これはある意味、演奏技術が素晴らしく均一であることの証左でもあるのですが。(^^;;

さて、次回はシュトラウスの交響詩に取り組みます。40分も自分のことばかり話し続けるオヤジに成りきるのはかなり難しいと思いますが、そこにどのような思い出や誇張や後悔や自慢があるのかできる限り掘り下げていきたいと考えています。
いいんちょU
posted by 八幡市民オーケストラ at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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