2022年07月24日

3連休の最後の日、今回グリーグとシベリウスを演奏するということで、何(十)年ぶり?か全く思い出せないけれど過去に集めた本とかCDをあさっていたら、舘野泉さんが演奏されたシベリウスの「樹の組曲」が入ったアルバムが出てきた。なぜこの1枚を買ったのかあまり記憶が鮮明ではなかったが、そのCDに載っていた舘野さんがフィンランドを旅行中に撮られたと思われる1カットを見た瞬間に18歳のころにtime slipした。Slipはなんか事故的なニュアンスだからtime travel? それも違う、time leapの方がしっくりするか?まあどうでもいいが、その当時僕は高校3年生、受験生だったにも関わらず全くそちらの方に興味はなく、志望校も決めず、周囲がものすごい勢いで勉強に励んでいる最中だというのに勉強らしいこともほとんどせず、海外を放浪することばかり夢見て海外旅行の情報誌やら絵画の画集、クラシックに限らずCDの表紙を飾る写真とかデザイン画とかにはまって、美術部の友人とくだらない話をすることばかりに夢中だった。そんなある日、地元のレコード屋で見つけたのがこのCDだった。表紙には水面に映る新緑の絵、それに惹かれて何気なく手に取った。家に帰ってラジカセに突っ込んでみると小川のせせらぎのような始まり、続いて何とも心地いい澄んだ空気感とそれに呼応するような響き、何度も何度も繰り返し聞いた。その当時は何も分からずただただ心地よかっただけだったけど、今はいろんな知識もついて北欧の文化や風土、自然がこういう曲想になって表現されているのかもしれない、と勝手に思えるようになっている。何十年ぶりかに聞いても、やっぱりあの空気感があの時と同じように蘇ってくる。単純に過去の体験が音楽と結びついて記憶されているだけだろうけど、音楽は時間を超越させてくれるから面白いなと思う。このCDからまた別の記憶も呼び起こされた。それは、音大の入試のためにグリーグのコンチェルトを練習していた後輩が、蛙の話をしていたこと。私あがり症だからケロちゃんをぽっけに入れてます、グリーグさんと同じですって言って、フェルトで作ったケロッピの人形を見せてくれた。(まさか、検索したら本物が出てきた。)その時も今も自分はあがり症だったけどそんなの関係ないって強がっていた。でも今はそれが恥ずかしい。彼女はそれを克服するためにもがいていたのに、自分は今でもあがり症だけど強がっているだけで、全然変わってない。音楽は楽しいだけではなく自分を見つめなおす機会もくれるからやめられないのかもしれない。もう1つ、本棚からシベリウスのシンフォニーについて書かれた本が出てきた。その中に、シベリウスは「私は聴衆に、純粋な冷たい水を提供したかっただけだ」と冗談ともとれるコメントがあった。(私の一番のお気に入り6番の話に絡めて)「純粋な水」のように澄んだ音が出せたら本当にシベリウスらしい演奏ができるのかな?と想像しつつ、でも現実はそう簡単にいかないからできるだけ近づきたい、とずっと念じてる。それには、まず自分の今を見つめるところから。そう言い聞かせて今夜もお気に入りのぬいぐるみ「シロタン」と一緒に寝ることにしよう。

<グリーグのお友達、寝る時も一緒だったらしい>
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http://www.soc.ryukoku.ac.jp/~wakita/?x=entry:entry141207-121114

弥益洋
posted by 八幡市民オーケストラ at 12:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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