2017年06月25日

トロンボーン吹きが「??」になるトロンボーンの話

⑴行き過ぎ?な「おこだわり」

トロンボーンの何が良いって、そりゃ私にとってはビンビン鳴るところです(トロンボーン奏者によって異論あり)。ちょっと昔のF1に例えれば、安定のアラン・プロストより、無冠の帝王ナイジェル・マンセルを崇拝するが如しです。限界ギリギリのシビレるようなドライブ!!時にはスタートで軽くホイルスピンするが如く音の頭が「ガッ・・・」といってほしい時ってあるじゃないですか(日本車にありがちな「横滑り防止装置」などつまらん)。もちろん音が小さくてソフトな時でも、とにかく鳴りがいいに越したことはありません。

よりビンビンに鳴らす為に奏法にも磨きをかけるべきなのですが、楽器そのものもよりビンビンにしたいものです。

ここで本来のトロンボーンの形をよく思い浮かべて下さい。最近でこそバルブが1個(バストロは2個の場合多し)ついている楽器が主流ですが、本来はスライドで音程を取るので、他の金管楽器なら必ずバルブとそれに繋がる管がいくつかあるところ、そんなものは「ない」のがもともとの姿(何も付いてない普通のトロンボーンはテナー、一方バストロンボーンじゃないのにバルブが付いてる楽器を俗にテナーバスなどと日本では呼びますので、バルブなし無印の「正に」テナートロンボーンの事をはっきり区別するため、私は勝手に「どテナー」と呼んでます=写真1)。IMG_0315.JPG
とにかく「鳴ってない管などは楽器にくっつけない」ことが理想なのです(ホルンもトランペットもチューバもバルブを全部押す音を出す時以外、ほとんどの間「全く鳴ってない管が響きを邪魔する単なる重りとして楽器にくっついている」わけです。これはいけてません)。

さらに楽器を支える支柱とスライド部分の管が二重になるのは必要最低限仕方がないとして、それ以外のパーツは出来るだけ「何にもないに越したことはない」んだろうと考えています。そんな理由で私はバルブが1つもついていない楽器もついつい買ってしまって持っていますが、通常そういった「どテナー」は前後の重さのバランスを取るため、後方のチューニング管の支柱に重り(カウンターウェイト)が付いてるところ、これも取り払って余計な重量物は出来るだけ無くすようにしています(外したウェイトの写真をここで載せたかったのですが、ずっとつけてなかったので紛失してしまったようです=写真2)。IMG_0314.JPG
またスライドの先には「石突き」と呼ばれるゴムが付いてるんですが(お休み中、ずっと手で支えているのは大変なので、ここを床に付けています)、これも本番を中心にしばしば外しています。そうして楽器全体がよりビンビン鳴って、音を止めても手や唇にその響きが「ズゥ〜ン」と残るのが何より気持ち良く感じています。

ちょっと方向が違いますが、このプロの方も同類でしょうか?
http://yoshikawa.sblo.jp/article/62669015.html

しかしまことに遺憾ながら、現代のオケでは、機能的・音域的にトロンボーンでも最低1つのバルブ(及びそれに繋がる管)が必要な時代です。比較的音域が高く狭い、またアクションも激しくない古典的な曲の1stトロンボーンなどを任された場合は、前出のバルブ無し「どテナー」を使いますが、なかなか毎度そればかりというわけにもいきません。しかし1回の演奏会で数ヶ所しか使わないバルブとそれに繋がる管(以下、合わせて「バルブセクション」)を搭載することで、当然、かなり重量が増える上、管がグニャグニャ曲がってしまったり、本体とバルブセクションを繋いで支える部分をあちこち作ることになったりするので、そこら中で響きを抑えられてしまい、理想から離れていってしまいます。

しかし世の中賢い方がいるモンで、バルブの中で出来るだけ小さくクネクネしないようにすれば、抵抗感がなくなってバルブがない楽器 に近い「オープンな響き」が得られるとして、より直線的に切り替え出来るようなバルブが開発され、だんだん普及してきました。私としてはこの流れに乗ってバルブ付きの楽器は、いわゆる「セイヤーバルブ」とか最近の言い方で言えば「アキシャルフローバルブ」いうものが搭載されたものを使っています。

しかしここ数年、世界のトッププロは「適度な抵抗感」を求めて、再びホルンと同じような普通のロータリーバルブが主流に戻りつつあるようです(軟弱者め!!)。こうなってくるとひねくれ者の私としては逆に、「いくら直線的なバルブでも、バルブなしの楽器には及ばないはず」であるから世間のトレンドとは反対に、さらにもっとオープンであるべきと、ついに楽器を改造するに至りました。目の付けどころは、バルブセクションと本体を繋ぐパーツです。良く見ると2ヶ所でバルブを押しても押さなくても通る本体の管(主管)に直接繋がってしまっています。それでは主管の響きが抑えられてしまう。どうにかして取っ払いたい・・・

そこで2ヶ月ほど前、最新の色々な楽器の形状からヒントを得て、バルブセクションと本体を繋ぐパーツを工夫して直接主管には繋がず互いの支柱同士を束ねるような形にして支えることで、この2ヶ所の主管とのジョイント部分を省略する「改造」を実施しました(写真3〜6)。IMG_0313.JPGIMG_0312.JPGIMG_0311.JPGIMG_0310.JPG
もはや主管にはバルブ以外には「どテナー」と同じ支柱しか繋がっていません(バルブセクションは支柱同士で間接的に支えられている)。セイヤーバルブ付きの楽器でこの形のものは多分市販されていません(2ヶ所中1ヶ所だけ同じ仕組みのものはあり)。

で、音は良くなったのか?と言えば「微妙??」です。
同じトロンボーン吹きでもここまでやっちゃう人はちょっといないと思います。
でも気分いいです。まあ所詮自己満足です。
良いんです。趣味だから・・・



追伸
そう言えばマウスピースもイジってました(写真7)IMG_0309.JPG

うざくま
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2017年06月10日

リヒャルト・シュトラウス

次回演奏会のメイン曲は「英雄の生涯」ですが、皆さんリヒャルト・シュトラウスってご存知ですか?
彼は、かの有名なワルツ王、ヨハン・シュトラウスの親戚!

…ではありません。

R・シュトラウスは1864年ドイツ南部のミュンヘン(当時バイエルン王国の首都)生まれの指揮者・作曲家です。同年代の作曲家では1858年生まれのプッチーニ、60年のマーラー、62年のドビュッシーなどがいますが、1825年生まれのヨハン・シュトラウス二世とは何の関係もないそうです。
父フランツはミュンヘン宮廷管弦楽団の第1ホルン奏者。モーツァルトなどの古典音楽派で強烈なアンチ・ワグネリアン(ワーグナー嫌い)を公言していましたが、それにもかかわらず彼はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」や「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の初演で主席奏者を務めており、ワーグナー自身も認める程の腕前だったのです。彼は他にもヴァイオリン、ギター、クラリネットなど様々な楽器を演奏できたそうです。
母ヨゼファはビール醸造業プジョール家の娘ですが、プジョールは19世紀の終わり頃にはフランスやアメリカまで輸出する大企業になっています。

シュトラウスは音楽万能の父と裕福な母家という恵まれた家系に生まれたわけですね。父フランツの影響(とコネ?)でピアノは4才から、ヴァイオリンは8才、作曲も11才から、それぞれミュンヘン宮廷管弦楽団のメンバーから習っており、家でもフランツが同僚としょっちゅう弦楽四重奏をしていたり、フランツのピアノ伴奏をしたり・・と至れり尽くせりの音楽環境だったようです。
このような環境の中で、シュトラウスは7才の頃にはすでに「クリスマス・ソング」という曲を作曲しており、17才の1881年には交響曲ニ短調が、翌年には「13管楽器のためのセレナード」が初演され好評を博し、20才の1884年にはマイニンゲン宮廷管弦楽団で指揮者デビューも果たしたのです。
その後マイニンゲン宮廷管弦楽団、ミュンヘン宮廷歌劇場、ワイマール宮廷歌劇場、再度ミュンヘン宮廷歌劇場と各地の歌劇場のポストを渡り歩き、1998年にベルリン宮廷歌劇場の第一カペルマイスターに就任。この頃には既に交響詩「ドン・ファン」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「ツァラトゥストラはかく語り」等を発表しており音楽家としてドイツ随一と言える程名を上げていますが、その後20年のベルリン時代では歌劇「サロメ」や「バラの騎士」でさらに大成功しています。書けば当たるヒットメーカーで、現在で言えば秋○康と言ったところでしょうか!?

交響詩「英雄の生涯」はベルリンに来た1998年に作曲されており、ベートーヴェンの第3番英雄交響曲を意識して書かれたものですが、この作品の「英雄」とはシュトラウス自身のことだそうです。
この曲は冒頭で<英雄>(=シュトラウス)のテーマが登場し、その後、英雄の足を引っ張ろうとする<英雄の敵>(=ミュンヘン時代にシュトラウスと敵対した歌手やオーケストラや批評家たち!)の描写や、独奏ヴァイオリンによる<英雄の妻>(=シュトラウスの妻、パウリーネ)の愛の歌が演奏され、さらには<英雄の業績>としてシュトラウスの過去の作品の主題がオンパレードで登場するのです。
ベートーヴェンの名曲をモデルにするだけでも大胆だと思いますが、自分をモデルにここまでするなんて、シュトラウスはものすごい自信家だったのかもしれませんね。

そんな背景を調べつつ、譜読みに苦労する今日このごろ。間違ってもウインナーワルツにはならないようにしたいものです。
Vn新人A
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2017年06月04日

楽譜と台本

第49回定期、無事終了しました。ウチとしてはプログラムがいつもより直球(ていうか普通)だったためか、いつもよりたくさんのお客さんが来てくださいました。この場を借りてお礼申し上げます。運営側としてはいつも通りやっておけばまあ大丈夫という自信と、イレギュラーなことが発生した場合はどうしようかという不安が半々な一日なのですが、まあ大きな不具合もなく終わることができてとりあえずホッとしています。個人的には今回も楽しい音楽の時間を満喫してたいへん満足でした。この満足感が無ければ運営なんてやってられん・・とか書いたらあかんですね。(web担当U嬢が「運営側の立場から書いてください」と言うので・・)

話は変わりますが、演劇における台本と音楽における楽譜って役割が似てるような気がします。両方ともそれぞれの出演者が発する台詞(= 音)と簡単な場面設定が時系列に沿って書かれています。さらに言えば、それを単純になぞるだけでは演目として成り立たないというところも類似点を感じます。逆に少し違う点は、台本はほぼ文字(言語)情報であるのに対し、楽譜は大部分が記号化されていることでしょうか。言語情報は感情やニュアンスを掴みやすいですが、記号化された音符はそうでもない。加えて、言語も記号も受け取り方は人それぞれで、記号化されている分、楽譜のほうが振れ幅が大きいのも頷けます。

ということで、記号化された音符を音にするとき、たとえば台本の台詞を発するのと同様に、そこに必ず感情や情景があることを忘れないようにしたいなと思うのです。記号化された音符を記号の定義のみで音にするとおそろしく無味乾燥な音の羅列ができあがることは、コンピュータに楽譜を入力して「演奏」させてみればわかります。某有名音楽大学の学生オケの演奏でもそうなっているのを聴いたことがあります。これはある意味、演奏技術が素晴らしく均一であることの証左でもあるのですが。(^^;;

さて、次回はシュトラウスの交響詩に取り組みます。40分も自分のことばかり話し続けるオヤジに成りきるのはかなり難しいと思いますが、そこにどのような思い出や誇張や後悔や自慢があるのかできる限り掘り下げていきたいと考えています。
いいんちょU
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2017年05月13日

団内トレーナーのお仕事

いよいよ八幡オケの定期演奏会まで1週間ほどとなりました。
いつも演奏会直前のこのブログは団内トレーナーが持ち回りで担当することになっており、今回も団内トレーナーの一人である私が担当させていただきます。

私はこれまでにも何度か、当団の団内トレーナーに関してこのブログで触れてきましたが、今回あらためて、当団の「団内トレーナーのお仕事」について書いてみたいと思います。

・八幡オケの団内トレーナーとは?
八幡オケは、特定の音楽監督や常任指揮者などを置かず、何人かのプロの指揮者を交替で客演にお呼びし、一回の演奏会につき数回練習に来て頂きますが、本番の指揮者が来られない普段の練習では、アマチュアである我々団内トレーナー(現時点4名)が指揮者の場所に立って練習を進めています。
本番の指揮者以外に、プロの音楽家にトレーナーとして常時練習を見て頂く団体もあるでしょうし、我々もプロの客演弦トレーナーに数ヶ月に一度ご指導いただきますが、普段の練習に関しては、敢えて団内トレーナー制を続けています。仕上がるまで時間がかかり、またトレーナーを始め中心となる団員に大きな負担のかかるしんどいシステムではありますが、同じアマチュアである団内トレーナーと一緒に練習を進めていくことで、団員が受身にならず、自ら考え共に音楽を創り上げていくことができており、少なくともこれまではうまく機能している優れた仕組みだと考えます。

・毎週の練習
八幡オケは原則毎週土曜日の晩に練習しており、練習のない土曜日は年に数回しかありません。このうち、客演指揮者が来られる数回以外の合奏は団内トレーナーが練習をつけており、その数、年間数十回に及びます。複数のトレーナーで分担するので、各トレーナーが概ね一曲ずつ担当しますが、まずは曲を誰よりも良く理解をするためにスコアを精読し、更に練習のある土曜日は「今日はどのような練習をしようか、どこを重点的にやろうか」などと、スコアを見ながら前回の練習の録画を見ながら(聴きながら)時間をかけて予習をします。また、よりスムーズないい演奏が出来るよう、指揮の練習もします。曲をさらうこともあれば、メトロノームに合わせて基礎練習なんてこともします。私の場合、土曜の午後はこの予習に数時間を費やします。

また、合奏の練習計画(各曲の時間配分など)もトレーナーが協議して決めています。担当の曲だけでなく、他の曲の進捗度も考慮しつつ全体最適を考えながら決めることになります。

・演奏への参加
トレーナーをやっている間は、当然ながら楽器を演奏できません。トレーナー担当の曲は、普段の練習で楽器を演奏できないことから「降り番」となるケースが多くなります。降り番にならない場合でも、客演指揮者の練習時しか演奏できないため、練習不足となり本人のみならず周りもストレスが溜まることも。自分の楽器の演奏(本業)を犠牲にしてまでトレーナーをやっているわけです。

・曲目紹介の執筆
トレーナーには他にも、演奏会のプログラムに載せる曲目紹介の執筆という仕事があります。これはこれで結構な負担になります。「トレーナー担当の曲はよく知っているのだから、難なく書けるはずだろう!」と言われるかもしれませんが、そう簡単なものでもありません。有名な曲なら関連書籍やネット情報も多く入手可能ですが、マイナーな曲などは文献を探すのも一苦労だったりします。他の文献をそのまま使う訳にもいかないので、あくまで参考にしつつ、自分のオリジナリティを出そうなどと考えると、結構な時間がかかったりします。ここで改めて得た知識を合奏で活用できたりもするので、やはりトレーナーが担当するのがいいのだろうなとも思いつつ。

このように団内トレーナーは負担が大きく、ギャラもらいたいぐらいやなあ、などと思うこともないわけではありませんが、それでは逆に、団内トレーナーをやっていて何かいいことはあるのか?と問われると…

指揮をする(ある程度自分の好きなように音楽を作ることが出来る)喜びを味わえること、多くの団員と音楽・演奏に関するやり取りを通じて密に関われること、そしてオケの音楽をより良いものにしていくプロセスに深く関与出来ること、といったところでしょうか。

今回、団内トレーナーとしての練習は5月6日で終了し、あとは客演指揮者と、もちろん演奏する団員たちに委ねることになります。日頃の練習の成果を存分に発揮し、お客様に十分楽しんで頂けるよう頑張りますので、ご来場お待ちしています!
新世界担当
posted by 八幡市民オーケストラ at 21:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月29日

ロビコン

第49回定期演奏会まで1ヶ月を切りました。
本番でのより良い演奏を目指してラストスパート!という感じです。
そして本番直前のロビーコンサートの準備も本格的になりました。

演奏会当日、早くホールに到着されたお客様がホール開場まで立ったまま並んでずっと待ってくださっているのが申し訳なくて、お待たせしている間、少しでも楽しんでもらおう(時間を潰してもらおう?!w)とロビーでアンサンブル演奏をさせてもらったのが八幡市民オケ定期演奏会でのロビーコンサート(略してロビコン)の最初です。
ロビコンを実施しなかった演奏会もありましたが、最近はほぼ毎回1、2グループが行っています。これらの出演者は、団内で順番が決められているとか、くじ引きで決めるとかではなく、全て自主的出演者です。プログラムもこの出演者たちが自由に選曲しています。
私は定期演奏会に関連する選曲での木管五重奏で既に2,3回出演させていただいてます。

実は初ロビコン出演は、私を含む木管五重奏のグループでした(たぶんそのはず)。
で、はてさてその一番最初はいつだったかなぁ・・・って、う〜ん、正確に思い出せない。
創立25周年第30回定期演奏会で「オケの誕生祝い」として木管5重奏の「ハッピーバースデー変奏曲」を演奏したはずなので(これが最初だったっけ?)、ロビコンは少なくともかれこれ10年は続いていることになります。

今では当たり前のようにロビーで演奏していますが、一番始めは分からないことだらけでいろいろ苦労しました。
ホール側からロビコンOKの返事はいただいたものの、「小ホールなど他の施設を利用される人たちの動線を妨げないように」という注意が。
ご存知の方も多いと思いますが、八幡市文化センターには大ホールの他に2・3階に会議室や練習室、4階に小ホールなどが有り、大ホールロビーには展示室や喫茶室、二人の兵馬俑とたくさんの柱もあります。
ロビー内、演奏する位置次第で、センターを利用される方々に迷惑がかかるかもしれません。それは防がないと!
演奏位置としては、左右どちらかの兵馬俑の前以外は考えにくかったのですが、さぁどうしたもんじゃろの?
ホールに向かって右だと展示室入り口を塞ぎそうだし、左だと喫茶室や小ホール等へのエレベーターへの動線を妨げそう。柱もたくさんあって演奏立ち位置によっては並んでいる開場待ちのお客様と向かい合えないし・・・
検討の結果、当時展示室で催事をされていた方にお許しをいただいた上で(その節はありがとうございました!)、展示室入り口の手前、右の兵馬俑前にスペースを取ることができました。
が、他にも問題が。
それは響きです。ロビーにはホールのような演奏のための音響設計はされていません。
うっかり楽譜どおりにf(フォルテ)で演奏してしまうと音が響きすぎて何の曲なのか全く分からなくなってしまうという事態に陥ってしまうため、音量の加減には大変難儀しました。

そんなこんな他にもいろんな苦労があったわけですが、ロビコンに出ない団員からのたくさんの理解と協力もあって無事に回を重ね、今では定期演奏会本番直前ロビコンがほぼ恒例となっていることをうれしく感じる今日この頃です。

今回の第49回定期演奏会でもロビコンを行う予定です。
どんな曲が登場するかお楽しみに!!


おざQ
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2017年04月17日

新世界 コントラバス4和音

新世界の第2楽章、イングリッシュホルンの旋律が非常に有名ですが、実はコントラバスにも隠れた見せ場があります。それは第2楽章のラストに弱音で響く4和音ですが、全てコントラバスによって演奏されます。
様々な楽曲に出てくる見せ場の中でも数少ない、チームワークが試される箇所です。それぞれどのような役割を担っているのか、各パートごとに説明していきます。

Des (低)
最低音を担当。和音の基礎の土台となるため、音程のずれはもちろん、かすれた音は許されない。本番でも安定した音が出せるメンタルが要求される。
主に4プルト、小編成オケでは最後尾に座る方が担当する。

Des (高)
1オクターブ上のDesを担当。Des(低)より音量は必要ないが、音程のずれは周囲にすぐ分かってしまうので、間違ってもすぐに修正出来る能力があると有利。
主に3プルト、小編成オケでは後ろから2番目の方が担当する。

As
Des(低)の5度上、Des(高)の4度下を担当。音量はそれほど必要ないが、唯一鳴らす弦が2つ考えられるパート。どちらの弦で弾くかで、その方のセンスが分かってしまう。
主に2プルト、小編成オケでは次席奏者が担当する。

F
Des(高)の長3度上を担当。1番高い音のため音程が取りづらい。和音の最後の味付けを決める第3音の役割のため、責任は1番重い。後ろに分かりやすい合図を送ることも要求される。
主に1プルト、首席奏者は必ずこの音を担当する。

それぞれの役割を知った上で聴くと、相当面白いと思います。本番では誰がどのパートを担当しているのか、乞うご期待下さい。
橋本 怜補
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2017年04月02日

マウスピース選び

 私は木工と刃物店の店員という二つの立場から刃物に関わっている。
 刃物の生命は第一に「切れ味」だ。むろん研ぎの如何によって左右されはするが、「鋼の硬さと粘り強さ」は大きな要素となる。ところが硬さや粘りは見た目で判るものではないので、多くのメーカーは「〇〇鋼を使用」などの情報を謳い文句にする。
 ところが鋼は鍛え方と熱処理次第で、硬くも柔らかくも、粘くも脆くもなる。ちょうど米を炊く際、コシヒカリであろうがササニシキであろうが、炊き方次第で硬くも柔らかくもなるのと同じで、作り方次第でどうにでもなる。したがって「〇〇鋼」なら必ずよく切れる、とは絶対に言えることではない。

 以前NHKで、あるメーカーが「うちの庖丁は〇〇鋼で一番よく切れる。この鋼はうちだけだ」という困ったことを言った。しばらくして「〇〇ブランドの庖丁をくれ、〇〇鋼のが一番切れるのだろ」というお客さんがみえた。ところが、その鋼は他のメーカーにもあるし、鋼種と切れ味に直接の関係はないのは先述の通り。その庖丁は悪い物ではないが一番いいというほどのものでもないことは、研いだ結果で確認できている。それでそのことを丁寧に説明したのだが、「でもテレビが、NHKがそう言っていた」と理解が得られなかった。「なら、NHKで買いなはれ」とまでは言わなかったが、思い込みに囚われてしまうと物の本当の姿を知る機会を失うのだなと思った。

 さてトランペットのマウスピース選びにも、世間にそういう情報があるようだ。ボア(スロート)の太いもののほうが太い音になるとか、大口径のを使いこなすのが上級者であるとか、そういう情報に囚われている人がいるらしい。
 しかし人はそれぞれ歯も唇も違う、また息の使い方も唇とのバランスも、何もかもが違う。マウスピースはそういう個人の特徴と、用途に合わせて選ぶべきものであって、いわば陸上選手が自分の足に合った靴を選ぶのと同じだ。大きい靴を履いているのが良い選手、というような馬鹿な話はない。
 自分にとって大き過ぎる(またはその逆の)ボアや口径はといったものは、望む結果が得られないだけでなく、練習をも無駄にするものでもある。むしろ悪い癖のもとにもなり得るものだ。
 楽器のカタログなどに書いてあることでも、意味のない情報であることが多い。「輝かしい音を出す」とあっても、人によっては響きが少なくなったりして逆にくすんだ音になることもある。結局は、実際に試さなければ本当のことは絶対にわからないということだろう。そういう文言は回り道をさせるだけで、百害あって一利なしといってよい。
 やはり自分の感覚や周りの耳を頼って試していく以外に、良いマウスピースを選ぶ方法はないと思う。

 近年は情報過剰といってよい社会であるが、刃物であれ楽器であれ、そういう情報に呑みこまれることなく素直な目で選べるようでありたいものだ、と私は考えている。さあ、後は練習だ。

Tp 山田潤
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2017年03月18日

私の忍耐修行

私も夫も、それぞれ別ではあるが大学でヴァイオリン、ヴィオラを始めた。

楽器が左手で弓が右手ね(注)、と確認作業に明け暮れるその頃、隣では子供の頃からヴァイオリンを習っていた同級生がソリスティックにメンコンのソロを弾き、初心者一同、羨望の眼差しを向ける…。

そんな学生時代を過ごした後、月日は経ち、いつしか家族でカルテットが夢となった我が家。3歳になった息子にバイオリンを習わせることになった。

幼少期にピアノを習っていた筆者。母から叱られながら毎日1時間ピアノに向かっていた辛い昔の記憶。そんな母親にはなるまいと心に誓った、はずだった。

歴史は繰り返されるものである。

バイオリンの練習は日々義務となり、どんどんやる気をなくしていく遊びたい盛りの息子。親子共々しんどくなり、このままでは音楽が楽しくなくなってしまう!と勇気を出して無期限休止に踏み切った。

しかし。
細く長くでも良い、何らか音楽に親しんでもらいたいと願う親心(エゴ?)がムクムクと再始動。
息子の少し興味のあったチェロをやってみようということになった。
たまたまご近所のレストランで開催されたチェロのコンサートで、日本一上手なチェリスト(息子談)と出会い、幸運なことに、その先生が息子のレッスンをお引き受けくださることになった。
1/8サイズの可愛らしいチェロと、素晴らしい先生に巡り合うことができ、家族一同これからのレッスンを楽しみにしているところである。
この先生、お子様も素晴らしいチェリスト。
一番初めに、『親はとにかく忍耐です』とのアドバイスをいただいた。
親業6年目、忍耐修行はこれからが正念場。
兄のマネが大ブームの3歳の弟くんも「◯◯◯ちゃんもテロやりたい」と言い出した。
テロは勘弁してもらいたいが、チェロであれば、母の忍耐がレベルアップするまであと少し、待ってもらえるとありがたい。
今度こそ、頑張るゾ〜!


注:びよりすとがこよなく愛する、びよら冗句の鉄板ネタ (びよら冗句http://red.ribbon.to/~loveb/index.files/violajoke.htm
母ちゃんはびよら弾き
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2017年03月04日

美しい音は美しい姿勢から

テレビや映画では、役者さんが楽器を演奏しているシーンをよく見ます。それまで全く楽器経験がないままに演技をすることもよくあるのでしょう、見ていてなんとなくぎくしゃくしているな、と思うことがよくあります。自分が演奏経験のあるフルートやピアノについては運指が合っているかもよく分かりますが、なによりも楽器の構え、姿勢が気になるんです。正しい楽器の構えかたを獲得をするのは、それだけでも一苦労なのです。

そんなことを考えながら、自分が今の楽器を始めたころの事に思いを巡らせてみました。中学校のクラブ活動は当時珍しくオーケストラ、女の子はみな弦楽器へ、フルートを希望していたのが男の子ばかりでした。まだ身長150cmしかなかった私がフルートに、160cmオーバーであった友人がコントラバスに回りました。少し大袈裟ですが、背が高ければ人生が変わるところでした。最初の楽器の指導は、ご多分にもれずクラブの先輩で、頭部管で音が出れば、その後は勝手に練習しておいてね!と言った具合です。殆ど自己流で吹いていたため、姿勢は相当に出鱈目だったのでしょう、その後、高校生になりレッスンについた際には、まず楽器の持ち方や演奏時の姿勢から指導を受けました。上半身が反っていたり、支えとなる右手の親指がつっぱっていたり、等々今からはとても見れたものではなかったと思います。その頃見て頂いた先生には今でも感謝しきれない思いを抱いています。その後楽器は休んだり再開したりですが、今でも正しい姿勢で息の通り道をきちんと作ると良い音が出る気がしています。

三年前、急に思い立ち、練習用に全身の映る鏡を買ってみました。見ながら吹いていると、正しく脱力出来ているか、息は正しく吸えているか、指が不必要に大きなアクションで動いていないか、良く分かります。美しい姿勢をしていればすぐに良い音が出せる、という短絡的なものでもありませんが、練習の助けにはなります。面白いですよ。皆さんも一度試してみませんか?

美しい音は美しい姿勢から、です。
フルート M君
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2017年02月26日

初めての発表会

エレクトーンを習っている5歳の娘が、先日初めて発表会に参加しました。

いつか「娘にチェロの伴奏を弾いてほしい」という完全に親の都合で、2歳から音楽教室に通うようになりました。
最初はリトミックなど、音楽の楽しさを感じるところから始まり、
3歳からエレクトーンに少しずつ触れ始め、今では少しずつですが、器用に左手も交えて演奏するようになりました。

本番までの約2週間、一緒に演奏会に向けて毎日練習し、ミス無く演奏出来るようになっていきました。
「上達してるなぁ」と私も感心し、本人も「大丈夫!」と自信満々で本番に望みました。
しかし、いきなり冒頭で一度も起こした事の無いミス!
練習の時は、ミスをすると、弾く手を止めて「もう一回最初からやりたい!」と言う事が多かったので、
「手を止めてしまうのではないか?」と思い、私も一瞬冷や汗が出ました。
しかし、そこで諦めず、もう一度頑張ろうと必死に演奏を続け、見事に最後まで演奏をやりきりました。

演奏が終わった後、「大丈夫かな、落ち込んでないかな?」と少し心配しながら、「どうだった?緊張した?」と聞くと、
「何かドキドキした。でも楽しかった。失敗したけど最後まで演奏したの凄いでしょ?」と答えが返ってきました。
あれだけ練習したので、内心きっと落ち込んでいたのでしょうが、
そのような素振りは全く見せず、気丈に振舞う姿を見て、頼もしく感じました。

音楽を通して、色々な経験をしながら一歩ずつ成長している姿を見て、少し嬉しくなる一日でした。
少しほろ苦いデビューとなった初めての演奏会の後、娘はこれまで以上にエレクトーンが好きになったようで、毎日楽器に触れて遊んでいます。
これからも音楽と共に、のびのびと成長していってほしいです。

一緒に演奏出来る日は、思ったよりも早く来そうな気がします。
(Vc. M)
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2017年02月18日

拍手のあとに

演奏会本番が終わったときの気持ちは試験終了時のそれと似ている。照明に煽られるような高揚感、お、この調子だ、○○(楽器名)のソロもばっちり決まった、晴れた雪の上を絶好調で滑りきった達成感と安堵の向こうから、それは暗雲のように迫ってくる。あと1日、いやせめて3時間あればもう少し練習(勉強)できたのに。聴かせどころが単純な発音(回答)になってしまった、予想外の流れ(追加諮問)になった。後悔とか反省ではない。もう取り戻せなくなった時間を引き戻したいような思いがどこからともなく溶け出てくる。最後に受けた資格試験からもう10数年経つが、演奏会を終えたあとの言いようのない気持ちは毎回新鮮に登場する。
「私、失敗しませんから。」と女性外科医が啖呵を切るテレビドラマがあった。孤高の主人公が、自身の知識と技術、機知だけを武器に、予想外の難局も必ず切り抜けていく。巨大な組織をカサにきて私利私欲に走る輩のメンツが丸つぶれにされていく水戸黄門的展開に、してやったりと拍手を送りたくなる。見えない将来を言い切ってしまえるD門R子は、失敗ではないけれど、、、という言い淀むこともないだろう。台本のない毎日で約束されているのは、これから先も水戸黄門は登場しないということだけだ。
初めての本番演奏だから味わうのだろうか。何度も演奏経験のある曲、複数回の本番なら味わうことはないのだろうか。時々出かけるカフェで、先日ミニコンサートがあった。至福の時が過ぎ、拍手もひととおり鳴り止んだあと、数々の名演奏をこなしてきた人の口から出てきたのは、ああもう大変でした、という言葉だった。職業演奏家だから、2日連続同じプログラムだから、という予想は大はずれ、楽器をなでながら、この人は今きっと「あの気持ち」になっているに違いない。注がれたグラスの水を、巨匠は一気に飲み干した。
才色兼微
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2017年02月03日

「ご縁に恵まれて」

息子がヴァイオリンを習い始めて、約一年が経ちます。
習い始めるにあたり、私が三十数年前に使っていた1/8サイズのヴァイオリンを実家から探し出しました。
思いのほか保存状態も良く、使えそうです。
最近、家の近くに開業した弦楽器工房があったので、メンテナンスをしてもらいました。
さて、先生はどうしよう?
なるべく近いところがいいなあ、と思いつつ、色々リサーチすると、なんと、家から徒歩数分のところに、先生がいらっしゃるではありませんか!
様々なご縁に恵まれて、ヴァイオリンのお稽古は始まりました。

わかってはいたことですが、毎日の家での練習も始まりました。
保育園から帰って、夕飯の支度をしながら練習をみて…と考えていたけど甘かった…
側について、姿勢や構えをいちいち修正しないといけないので、なかなかご飯は作れません。

それもこれも、なんとか時間をやりくりして約一年。
息子の成長に合わせて、ヴァイオリンは1/8から1/4サイズになりました。
これも良いご縁があって、さるお方よりお借りすることができました。

私の1/8のヴァイオリンは、再び休眠期に入りますが、またどこかでご縁を繋げることがあるのかな?あったらいいな、と思っています。

Vn入団25周年
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2017年01月07日

新世界よりプラハが好き

八幡市民オーケストラは、次回第49回定期演奏会で、ドヴォルザークの交響曲「新世界より」を取りあげることになりました。
 私が前回この曲を弾いたのは、高校のオーケストラ部の演奏会。ヴァイオリンに触れたばかりの初心者で、かなりつたない演奏だったのは確かです。記録が残っているよと、もし言われても絶対聴きたくないです。
 それから?年が経ち、最後に「新世界より」を生演奏で聴いたのは、もう10年以上前のことになります。それは旅先のプラハでした。
 友人の誘いで予備知識なし、プランなしで出かけたプラハ旅行。石畳。古く美しい建物の並ぶ景観。丘の上のプラハ城。街の中心を流れるモルダウ(ヴルタヴァ)川とカレル橋。美しい街は歩いているだけで嬉しい気持ちになり、すっかりプラハファンになったのでした。
プラハ市民は昔から音楽愛好者が多く、至るところにCD、楽譜や楽器のならぶ店がありました。モーツアルトは歌劇「ドン・ジョバンニ」をプラハで初演し、大好評を博したそうです。ドヴォルザーク博物館もあります。
 そんなプラハの街で、ほぼ毎日観光客向けにコンサートをしているという情報を友人が見つけ、「行きたい」と言い出しました。
 場所は、スメタナホール。プログラムは、スメタナ「わが祖国」とドヴォルザーク「新世界より」。(オケの名は残念ながら覚えていません。)チェコで、なんとベタなプログラム!
 毎日同じ曲を観光客相手に弾いているなんて、絶対やる気のない大したことない演奏にちがいない。そう思った私は、「行かない方が良いよ〜」と友人を説得したのですが、「こんな機会めったにないから」と逆に説得され、しぶしぶついていきました。
 スメタナホール内部は、ひかえめな装飾の落ち着いたホールでした。お客さんはそんなに多く入っていなかったと記憶します。
その演奏は、、、
期待を良い意味で裏切る素晴らしいものでした。音とハーモニーは美しく、作曲家への敬意、祖国への愛を感じる、ほんとうに心のこもった演奏でした。
 ドヴォルザークはアメリカで「新世界より」を作曲し初演したわけですが、この美しいプラハから何千キロも離れた異国の地で、どれほど大きな郷愁を抱いていたのだろう、とせつない気持ちになりながら音楽に聴き入りました。あの時、偏見を持っていた自分をコンサートに誘ってくれた友人に、今でも感謝しています。プラハへ行く機会があれば、ぜひコンサートを聴くことをおすすめします。
 プラハでの感動が忘れられず、今回ひさびさに「新世界より」に取り組むにあたり、チェコ人の指揮者とオーケストラの演奏するCDを買い求めました。厳密にいろいろ聴き比べをしたわけではなく、インターネットで直観で選んだのは、カレル・アンチェル指揮(プラハのカレル橋と同じ名前だからチェコ人だ)、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団。いい演奏で気に入って聴いてます。
 今度の八幡市民オーケストラの「新世界より」は、どんな演奏になるのでしょうか?どうぞお楽しみに。

​​​​​​​​Vn MM
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2016年12月27日

ファゴットは難しい

オケの練習のある土曜日はなんとなく朝からそわそわして落ち着かない。
ゴソゴソと苦手箇所をさらってみたり昼寝したりしているうちに夕方になり、
楽器を背負って練習場に向かう。

早めに出たし、樟葉でお茶でもしていこうかな?
今日はよくさらったせいか心が軽い。合奏が楽しみ。
気のせいか背中も軽い。まるで何も背負ってないような軽さ。うん、とても軽い♪
え?ホントに背負ってない!?忘れた!!!!

あろうことか楽器を背負ってくるのを忘れていた。
慌てて取りに戻り、お茶どころかギリギリに合奏に飛び込む。
こういうことが半年に一度はあるから情けない。
外出先で忘れてくる人はたまにいるが、
家から忘れて来る人は珍しいと周りにはあきれられている。


こんな忘れ物大王の私にはファゴットという楽器は難易度が高い。
なにしろ本体が4分割されており、組み立てた後にハンドレスト(※1)、ボーカル(※2)、リード(※3)を付けて完成である。
いざ合奏が始まる段になって「リード忘れた!ハンドレストどっか行った!」とゴソゴソ取りに行くなんてことも多い。
ベルジョイント(※4)なしでステージに上がってしまい
慌てて取りに戻ったというアホな経験もある。


来年の目標は忘れ物をしないことかな?
一度でいいからすべてを完璧に装備して合奏に臨みたいものだ。



わかりにくい注釈 「執筆者の個人的意見」

※1 小さな部品 なくても演奏は可能。
※2 小さな部品 なくては演奏不可能だが、パートメンバーに借りることは可能
※3 小さな部品 なくては演奏不可能で、借りたものでは音が出ない可能性もある。
※4 楽器本体の一部 なくても演奏は一応可能だが、音程や音色などに問題が生じる。第一みっともない。

わかりやすい画像  「YAMAHA 楽器解体全書」より
http://www.yamaha.co.jp/plus/bassoon/?ln=ja&cn=11503
​​​​​​​​ストラップ忘れた
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2016年12月22日

超音速のおはなし

超音速という言葉を聞いたことがあるかと思います。文字のとおり、音の速さを超えた、という意味です。

私にとって、この「超音速」(supesonic)というのはとってもカッコイイ言葉です。

関連する単語として、衝撃波(ショックウェーブ)、マッハなんて単語もぐっと心にきますね。

今流体工学の技術者として働いてご飯を食べているのですが、そのきっかけを作った一つはまさにこの単語。

カッコイイだけで人生の半分くらいが決まることもあるらしい。

残念ながら(?)音楽は音を以って表現される芸術、「超」音速とは無縁。。。

で、なんとか関係ありそうなものがないかと探している中で思い出したのが、ムソルグスキーの「展覧会の絵」。

ムチを鳴らす場面があるのですが、これに思い至った時、

「そういえばムチの先端って超音速出せるやん?パーンって衝撃波聞こえるやん?(*1)」

と、ちょっと興奮してしまいました。

しかーし。まさか舞台上でヒュンヒュン長いムチを鳴らすわけない。ムチ違い。(楽器のムチは、紐状のムチとは似ても似つかない)

Wikipediaで楽器のムチを調べて(*2)心底ガッカリしたのが2分前。

いつか超音速なナニカと競演したいという野望を抱きつつ、今日もぴったりマッハ1(音速)で届くメロディを鳴らすのです。


参考URL:
*1: https://www.youtube.com/watch?v=U9HI2BpWkLM
*2: https://ja.wikipedia.org/wiki/むち_(楽器)

​​​​​​​​(超音速のヴァイオリニスト)
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2016年12月02日

第48回定期演奏会を終えて

運営副委員長(演奏面担当)のE田です。
去る11月20日(日)第48回定期演奏会が無事に終了いたしました。
ご来場いただいたお客様、指揮者の三河先生、ご指導いただいたトレーナーの先生方、ご出演いただいたエキストラの方、本番ホールの八幡市文化センターや、練習場所の男山公民館のスタッフの方、それから団員のご家族の皆様に心よりお礼を申し上げます。

私が八幡市民オーケストラの演奏に初めて触れたのは、今から3年半前の第41回定期演奏会でした。その時客席で聴いた曲はレスピーギ「ローマの祭」とメンデルスゾーン交響曲第 4 番「イタリア」他。入団を視野には入れていたものの「普通、ローマの祭の前にイタリアする〜?八幡ってどんなオケ?」と思いながら聴いていましたが、舞台から溢れ出す勢いのある音にすっかり魅せられて ( 騙されて? ) あっという間に八幡オケのファンになってしまい、演奏会終了時には「このオケの、このサウンドの中で弾きたい!!」と強く思って入団させていただきました。

それから3年半が過ぎ、運営に携わるようになった今回の曲も、その時に負けず劣らずのプログラム。「普通、幻想の前に画家マティスする〜?」と思われた方は多々おられたことと思います。
さすがに今回は、これまで色々な曲に挑戦してきた八幡オケにおいても、かなり欲張りなプログラムでした。

限られた練習時間でいかにこれらの曲を仕上げるか、練習方法について、演奏委員、団内トレーナー、コンサートマスターと喧々囂々、話合いを重ねました。
八幡オケは合奏の時間が圧倒的に多かったのですが、今回は第1回目に合奏をした後は、3回続けて弦楽器、管楽器に分かれてじっくりと楽譜をさらう時間を取ることにしました。
それでも曲は長大で難解で、練習時間がなかなかとれない曲もあり、本当に大丈夫なのか、不安は募り、私の胃はすっかり調子を崩してしまいました (余談ですが、胃の不調の原因はストレスでも飲み過ぎでもなく、ピロリ菌のせいでしたが… ) 。

そのような状況の中、指揮者の三河先生をお迎えし、まるで魔法をかけるように、あの手この手の練習方法で、ぐいぐいと八幡オケ全員の手を引っ張り上げていただいた結果、練習中、たびたび素晴らしい響きが聞こえてくるようになりました。
ただ、魔法の効き目は薄れるのか、逆戻りとなっているところも多々ありましたが、それでも本番当日の最後の最後のリハーサルまで熱心にご指導いただき、なんとかこのプログラムをお客様の前で演奏することができました。
3年半前の私のように、感動してファンになってもらえたお客様がおられたら、とっても嬉しいです。

今回、団員からは、
「幻想が弾けて嬉しい。休団を考えていたけど、この曲がやれるなら這ってでも練習に来る!」
「画家マティスが本当にできるなんて夢のよう!」
「ドリーが美しい曲で癒しになってよかった。だって他の曲は大変だし(笑)」
という話を聞き、このような声があるのなら、もっもっと欲張ったプログラムを!と調子に乗るところですが、
「曲が大変で、体力、集中力が続かない」
といった声も多く聞こえてきたので、今後、その点は十分考慮しつつも、お客様に素晴らしい演奏をお届けすることについては、今後もより一層貪欲に、欲張るオーケストラでありたいと思っています。

さて、次回以降ですが、12/18(日)12:00より八幡市文化センター小ホールにおいて室内楽演奏会を行います。八幡オケ内の20以上の団体がベートーヴェン、メンデルスゾーン、などなど、盛りだくさんの曲をお届けします。弦楽合奏やブラスバンドもあります!入場無料ですので、お気軽にお越し下さい。

また来年5/21(日)は八幡市文化センター大ホールにて第49回定期演奏会を行います。
コープランド エル・サロン・メヒコ
ガーシュイン ラプソディ・イン・ブルー
ドヴォルザーク 交響曲第9番『新世界より』
と有名曲が揃っていますので、クラシックに馴染みのないお客様にもお楽しみいただけることと思います。

今後とも八幡市民オーケストラをどうぞよろしくお願いいたします。
​​​​​​​​(Vn E田)
posted by 八幡市民オーケストラ at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月18日

世代交代

 4年ぶりにトレーナーを拝命しました。久しぶりに指揮台から眺める八幡オケの様子は4年前とは明らかに違いがありました。全体にレベルが向上していること、特に弦楽器の充実ぶりがあらためて実感できました。弦楽器は、多少入れ替わりがあるにしろ、若い人が増えて年齢バランスが良くなって、技術的にも安定しているように感じます。とりわけバイオリンがしっかりしているのはアマチュアオケとしてはありがたいことですね。こちらからお願いすることに対する反応の良さ、対応力は以前とは比べ物になりません。これはひとえにA氏はじめとするこれまでのトレーナー陣の努力のおかげかと思います。また外部トレーナーの招聘を積極的に行うなど運営の施策が効を奏しているものと思います。
 一方管楽器も益々円熟して、レベルの高さは維持しているようですが、同時に平均年齢の高さも維持していますね。15年間付き合っていただいている某指揮者をして「15年間あんまり変わらんなあ」と言わしめた光景であります。仕事や学業の諸々の事情があるにせよ、残念ながら若い人が定着していないというのが現実です。ベテランの管楽器奏者が揃っているということはそれだけ経験も深く技術的にも高いものを習得しているということなのでそれは決して悪いことではありませんが、例えば私ぐらい歳をとると、だんだん舌が思うように動かなくなり、指との連携がうまくいかない状態に陥り、そう遠くない時期に破たんをきたすことになるでしょう。体力的にもだんだん辛いことになってゆきます。そうなると、管楽器は弦楽器と違って一人ずつ自分の楽譜を持っており、個人の状態がそのままオケの出来不出来に反映されることもあるため、パートとして責任を全うできなくなり、周囲にも迷惑をかけるという事態に陥ります。このままですと5年後、10年後の管楽器の状況が心配です。今話題の「オケ老人」の集まりになってしまうかも・・・。
 今のうちに若い人の勧誘を積極的に行い、できるだけ早く主要なポストについてもらって将来の八幡オケを支えてもらうという、世代交代のアクションを強化しないといけないのではないでしょうか。またこれは各パートに任せずオケ全体のプログラムとしての取り組みが必要かもしれません。
以上一番心配の種になりそうな年寄りの感想でした。

ともあれ、まずは演奏会を乗り切りましょう!!

​​​​
​​​​​​​​谷(Fg)
posted by 八幡市民オーケストラ at 21:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年11月11日

オーボエ奏者は禿げる?

私はアラフォーのオーボエ吹きです。オーボエを始めた二十ウン年前は、家系的にそうでもないこともあって全く気にしていなかったことが、この歳になって徐々に気になるようになってきました。それは・・・ずばり「オーボエ奏者は禿げる」という噂です。特に前頭部が危ないと聞きます。あまり言いたくはないのですが、私自身の実感としても、前頭部は少しずつ白髪が目につくようになってきました。

この噂、では本当なのでしょうか?私はこれまでこう思っていました。ネットが発達しておらず、今ほど頻繁に有名ソリストや外国のオーケストラの来日公演などが行われていなかった昔に、一部の超有名奏者の姿形だけがオーボエ奏者の代表的イメージとなり、噂につながっただけではないのか、と。そこでちょっと調べてみることにしました。

やり方としては、Googleで「オーボエ奏者」を検索した場合に、「ウェブで人気」として帯で表示される数々の有名オーボエ奏者のうち、「男性」「私より上の年齢」「画像検索で現在(もしくは晩年)の写真と、昔の写真が見つかる」という条件を満たす奏者をピックアップして調査対象としました。またこれだけでは日本人奏者が少ないので、上の条件を満たす代表的日本人奏者5名も調査対象に加えました。

さてその調査結果ですが、次のようになりました。
・現在(もしくは晩年)、前頭部に髪の毛がない 6名
・現在(もしくは晩年)、前頭部の髪の毛がかなり薄い 3名
・現在(もしくは晩年)、前頭部の髪の毛に問題はなさそう 9名

結果、半々といったところでしょうか。しかし自分で指摘するのも何ですが、この調査結果には問題があります。前頭部に髪の毛がないとした6名には、今も昔も、もともと髪の毛のない奏者、亡く子も黙るH氏や現代オーボエ界を席巻するL氏などが含まれてしまっているからです。昔はしっかり髪の毛があって、現在は前頭部の髪の毛を失ってしまったことがはっきり分かったのは、パリ管創設期のメンバーで現在も一線級で演奏活動を続けるB氏くらいのものでした。

では個別の奏者をもう少し見ていきましょう。Bフィル定年後も精力的に活動を続けるS氏は昔も今もしっかりした髪の毛をお持ちのようです。現在のBフィルを支えるM氏やK氏はどうでしょう?おふたりとも、もともとおでこが広いのか、そう変わってはいないように思えます(K氏は現在は髪をかなり短く刈られているので昔と今とで印象はだいぶ違います)。

次は日本人奏者に目を向けてみましょう。日本を代表するオーボエ奏者であったM氏、割とふさふさのイメージでしたが近年はかなり寂しい感じになられたようです。某国営放送オケ首席で近年は指揮活動も熱心に行われているM氏はきれいな白髪を保たれています。ボストンのW氏は昔も今も黒々とされているようです。私の好きな奏者のひとりであるベルリンのW氏は、かなり薄くなられてしまっています。私と年齢の近い、関西出身のF氏は前髪でごまかされているようにも見えますが・・・?

以上、私の独断と偏見に充ち満ちた調査結果とコメントをお送りしましたが、結局は人による、というのが本当のところのようです。私なら、KW氏のような美音とテクニックが手に入るなら、髪の毛を犠牲にすることは全く厭いませんが、現実はそうはいかないですからね。オーボエと育毛、いずれも精進の必要があるようです。

アラフォーヲーボエ吹き
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2016年10月22日

大切な時間

仕事に育児に追われ、バッタバタな毎日。
朝は小学生組を送り出し、次男を保育所へ送ってから
出勤…
仕事は楽しいけど肉体労働でもあるので(笑)、
日によっては結構ハード…
いろいろと気も遣う…

仕事が終わったらダッシュで保育所迎え。
帰ったら小学生組の宿題チェックをしながら
夕飯の支度。

掃除や洗濯…やることはいっぱいあるねん〜!
「お母さん一人では無理!!」と言って子ども達に
ゴミ捨てやお風呂掃除を手伝ってもらったり。
(夫に平日家事育児を手伝ってもらうことはなかなか
難しい。)

休日は休日で、小学生組のサッカーに付き合わされ、
自分の時間はどこにあるねん!
という状況だが、
何とか!!八幡へ行く時間を確保している。
往復電車の中で本を読んだり、ゆっくり友達にメール
したり、ちょっと眠ってみたり…
至福のひと時〜

家ではなかなか練習できないが(ごめんなさい。)、
オケで弾くのは本当に楽しい。
そして、すごく居心地がいい。

練習に参加して、疲れをリセットして、
さあ、次の日から頑張るぞ〜

八幡オケの皆さま、いつもありがとう☆
まっすん
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2016年10月01日

とりあえず700

チケットが配布されてほぼ1ヶ月が経ちましたが、皆さんお声かけは順調でしょうか?
ご承知の通り、私達の演奏会へご来場くださるお客様の約8割は、私達団員のチケットによる来場者ですので、団員一人ひとりの集客活動が来場者数に影響することは言うまでもありません。
「はるもにいNo350」に掲載頂いた過去の演奏会集客実積をみると、ほとんどの演奏会で、600名以上のお客様にお越しい頂いていますが、700名を超えるお客様にお越し頂いた演奏会はそう多くはありません。
ご来場者が800名を超えた演奏会は過去10年で2回だけです。(2008年5月の第31回が最後。市民音楽祭除く)
私達のホームグラウンドである八幡市文化センター大ホールの客席数は約1200席。ご来場者600名は客席半分ということになりますね。
皆さんはこの数字に満足されてるのでしょうか?
私は本番時、ステージ上から見える空席数にガッカリすることがあります。
集客数800はなかなか難しいと思いますが700ならなんとかなるのでは?と思っています。
団員の一人当たりの平均集客数が6名程度なので、これを7名にあげれば集客数700は達成出来るように思います。
私はお陰さまで毎回多くの方にご来場頂いています。
とは言え、30人も40人も毎回演奏会来てくれる知人が居るわけではありません。私の集客内訳は、私自身の友人と家族の友人が半分、私の「友人の友人」が半分です。
毎回多くの方にご来場頂けているのは、この「友人の友人」が来てくださってるからです。
この方たちは、2006年、2008年に開催した、「ファミコン」「はるコン」にお越し頂き、八幡オケの「ファン」になってくださった方たちです。
皆さんも是非、「友人の多い友人」に「1回だけでいいから友達誘って聴きに来て」とお声かけしてみてはいかがでしょうか?
うまくいけば、集客700達成です。
本番まであと約2ヶ月。
その「1回だけ」聴きに来て下さった方の「ハートを鷲掴み」し、リピーターになって頂けるように、あるいは、八幡オケから逃れられなくなる「必殺カニバサミ」を生み出すべく、全身全霊を傾けて練習に励みましょう。
Trp N
posted by 八幡市民オーケストラ at 23:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記