2018年04月21日

たまには室内楽も♪

 先日、オケのメンバーで弦楽四重奏をする機会がありました。松花堂で行なわれた八幡市文化協会の表彰式で15分程の生演奏をというお話に、選曲をどうしよう!?というところから始まりました。過去の様子を聞くと、クラシックだけでなく映画音楽やポップスなども取り入れた方が良さそうでしたし、ご年輩の方も多いそうだからしっとりした曲もあった方がいいのかも?15分程度に収めるのも必要!などと思いを巡らせつつ選んだ5曲は、NHK「歴史秘話ヒストリア」のオープニング曲「storia」、服部良一作曲「蘇州夜曲」、プッチーニ作曲「歌劇「トゥーランドット」より誰も寝てはならぬ」、ラフマニノフ作曲「パガニーニの主題による狂詩曲より第18変奏」、K.アンダーソン-ロペス/R.ロペス作詞・作曲「Let It Go 〜ありのままで〜」となりました。もちろん、全て弦楽四重奏版です。統一性のあるプログラムとは言えませんが、ラフマニノフは51回定演のPRができるから入れよう!ということだけははっきりしていました(笑)
 私自身、室内楽の経験が少ないため得意とは言えないのですが、メンバーのVn Nさん、Va Tさん、Vc Mさんと、意見を出し合いながら練習をする中で感じた(再認識した)のは、お互いの音をよく聴いて、今自分はどういう音を出すべきか考えて弾くことの大切さ、呼吸を合わせることの大切さ、でした。(え、それって普段のオーケストラの練習でトレーナーの方々から言われていることそのままだよ〜と思う人たちが多いでしょうねぇ…)
 個人練習はしっかりしますが(それはもう)、4人で合わせるときには、曲のイメージを共有し、弾き方や音量のバランスを整えていかなくてはなりません。弾きながら「ここはタイミングが合わなかったから次は気をつけよう」というようなことは気付いても、その先のこと、例えば「ここはVn2とVaの伴奏がもっと前に向かう感じでほしいな」というように、気になるところをどうすれば良くなるか、それを考えるセンスがあるかと言われれば、私にはまだまだというところです。Vn Nさんのアドバイスを聞きながら、精進せねばと思いました(苦笑)。もう1つの呼吸については、ある曲の冒頭のテンポ感が2パートでなかなか決まらなかった時、相手とちょっと大げさに呼吸を合わせた途端、見事に決まった!ことから、あらためて呼吸って大事だ〜と思いました。大人数のオケとは違って、室内楽は意思の疎通が楽なので、こうしたことを意識する時間が持てたのは良かったです。
 本番当日、やはり緊張しましたが、何とか弾き終えることが出来ました。楽しさ半分、緊張から演奏に集中するあまり顔がこわばっていなかったかしら?などの反省点半分。普段はオーケストラで弾くばかりですが、たまにはこうした室内楽の練習をするのもいいなぁと思いました。あ、ちゃんと51回定演のPRもしてきましたよ〜!
Vn3人目のN
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2018年03月31日

ブログデビュー

八幡オケに入団して、早いもので2年が経ちました。その間逃げ続けていたリレーブログの順番がついに回ってきてしまいました。年度最後のブログということで、どんなことを書けばいいのかなあと思っておりましたが、時期的に、卒業、転勤などで新しくオケを探している方もおられるのではないかと思い、八幡オケのいいところ(わたし選)を書いてみることにしました。オケ選びの一助になれば幸いです。妨害になりませんように・・・

練習場が決まっており、市内の公民館が固定の練習場になっています。もちろん駐車場もあります。わたしはほぼこの点だけで入団を決めました。オーケストラジプシーを長らく続けていた頃は、練習参加の事前に最寄りのパーキングを調べ、ついでにお天気も調べ、満車になる前に到着できるよう早めに出発し、ああ車とめる前に楽器だけ会場に入れたいからナビは練習会場にセットして、いざ駐車場に着いたら、えっこの駐車場上限金額無いんですか、誰か他の駐車場ご存知ないですか?・・・なんて面倒をしておりましたが、今はストレスフリーで練習参加、本当にありがたいことです。

あと、団員さんの人数がとても多いです。各パート満遍なく団員さんがおられるので、本番直前でエキストラさん頼みになることなく、練習開始から本番までじっくり楽曲に取り組めます。参加されている団員さんの年代も幅広く、頼りになるベテランさんも多くおられます。運営も整えられていて、疑問はすぐに解消できます。とくに良いなと思うのは、お子さん連れで参加されている団員さんのために、託児の仕組みがあることだと思います。 他にもたくさん良いところがあると思いますが、実際に見学に来てみてわかる部分もあると思いますので、ぜひ一度八幡オケの門戸をたたいてみてはいかがでしょうか。
Cb TI
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2018年03月20日

バイオリンのCT解析

CT analysis of bowed stringed instruments. (弦楽器のCT分析)
http://pubs.rsna.org/doi/10.1148/radiology.203.3.9169708?url_ver=Z39.88-2003&rfr_id=ori:rid:crossref.org&rfr_dat=cr_pub%3dpubmed

 この論文は、アメリカのミネアポリスの放射線科医が書かれたものです。研修医の時に、北米放射線学会のRadiologyという学会誌に載っているのを見つけました。
医学の本ですが、バイオリンを医療用のCTを使って検討されていて、その当時研修医ながら、放射線科って自由でいろんな先生がいるもんだなあと関心したのを今も覚えています。
それをまねたわけではありませんが、昔、自分でも指をポキッと鳴らすのをCTで撮ったりしたこともありました。
 今回ブログ担当にあたり、あらためてPubmedという生命科学や生物医学の論文の検索サイトで、Violin, CTというキーワードで検索すると6論文が見つかり、このうち3論文が実際にバイオリンについて検討した論文でした。もちろん生命医学以外での論文は複数あるようです。
今回はこのうち上の論文を書いた先生が、翌年にもう一つ書かれていた論文について主に紹介します。
Use of CT in Detection of Internal Damage and Repair and Determination of Authenticity in High-Quality Bowed Stringed Instruments 
(高品質の弦楽器の内部損傷の検出、修理と真正性のためのCTの利用)
http://pubs.rsna.org/doi/abs/10.1148/radiographics.19.3.g99ma09639
こちらから全文は読めると思うので興味ある方は、読んでみてください。

この2つの論文は放射線科医と楽器の専門家によって書かれています(そんな組み合わせみたことありませんが) 。
最初に紹介した論文では、学生が使う楽器からストラディバリウスまでの楽器の表板と裏板の曲線や厚さ、輪郭を定性的定量的に評価し木の密度も測定しています。
そしてこの論文では、1633年から1872年までに作られた14丁のバイオリンと3丁チェロをCTで撮像しています。これより前に、X線写真でも検討されたものはあるそうですが、CTを撮ることによって楽器の内部構造に固有の定性的情報および定量的情報の両方を得られ、高解像度の薄い画像のCTスキャンは、表板、裏板ののエレガントな曲線(archings)と変化する厚さ(目盛り)と、楽器の穏やかな湾曲した輪郭を明らかできるとのことです。1本目の論文で表と裏のプレートの厚さと減衰のCT測定値が実際の木材厚さと木質密度測定値とよく相関していることを示しました(P <.001)
撮像するときには、アーチファクトになる金属の部品(G線や顎当ての金具など)を外して撮像したとのことです。バイオリンは1mmスライス厚で、チェロは10mmスライス厚で撮ったとのこと。バイオリンがCTの寝台の上に乗っているのはなんとなくかわいいですが、チェロが寝台の上に乗っているのはなかなか迫力がありそうです。
結果としては、どの楽器も様々な程度の損傷や修復が検出されました。またどの楽器でもニカワを用いた修理跡があったとのことです。また虫食いもあったそうです。Anobium domesticum?というカブトムシの仲間?によって虫食いがあるそうです。あまり聞いたことないのですが、日本でも虫に食われることあるようですね。
また損傷では、温度や相対湿度の急激な変化によって生じるともあり、航空機に搭乗でも生じるともこの論文には書いてあります。
著者らはCTを撮ることによって、目視検査では不明であったり、過小評価される損傷や修復が検出されると言っています。
また、木目パターンがわかり、偽造や紛失、盗難された場合には有用かもしれないと言っています。
よって保険会社が保険に加入する前にCT分析を依頼することを推奨しています。
そんなに高い楽器に触れたこともなく、関係することもないので、実際に保険加入時にもCTを撮られていることもなさそうですが、なかなかユニークな研究ですね。
20年前のCTでも人間を撮るのとは違って、時間をかけたと思われ、なかなか綺麗な画像ですがしかし当時のCTではなく、現在のマルチスライスCTで撮像したらもっと綺麗な画像が撮像できそうです。
しかし今はなかなか研究対象として、患者様を対象とする臨床機でバイオリンを撮像することは難しいです。
なので、残念ですが、臨床用ではない研究用のCTや工業用のCTで撮るのが、よいようです。

以下、図は2つの論文から引用しました。
図1. 論文に紹介されていたバイオリンの解剖ではなく図です。こんなのが医学論文に載ってるって面白いですね。
図1.jpg
図2 3,ストラディバリウスのバイオリンの冠状断像、これにより正確な複製が出来る。4a.アマティのバイオリン、4b,は生徒用のバイオリンで、表板と裏板の厚さが全く異なっています。
図2.jpg
図3.4 3.ペグボックスの虫食い像。4.チェロのスクロール(渦巻き)の部分の虫食い像(矢印)と、にかわで修理されたあと(矢頭)
図3,4.jpg
図13. a. ストラディバリウスのバイオリンの渦巻き、b. ベネチアのチェロの渦巻き。指紋のようなパターンを呈しており、楽器を同定するのに役立ちます。
 図13.jpg

文 Vn,の中の人
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2018年02月17日

オリンピックとオーケストラ

平昌の冬季オリンピック真っ盛りですね。

今回のオリンピックは、会場設営とか事前の準備など、競技以外のことで直前までいろいろとトラブルが報じられていましたが、なんとか開催にこぎつけ、じわじわと観客も増えている感じです。

私はちょうど1年前にソウルに行ったのですが、その時には空港や地下鉄、明洞などの中心街でも、ほとんどオリンピックを宣伝するようなものは見当たらなかったと記憶しています。お土産やスーパーでもあまり目立った展示はなく、ニュースなどを知らなければオリンピックが1年後に開催されるとはわからなかったでしょう。
あくまで開催都市が違うとはいえ、外国からの玄関口となるソウルでこういう感じなのは少し意外でした。

実は、その30年前、1987年の夏にも韓国に行きました。1987年といえば、その翌年に開催されたソウルオリンピックのちょうど1年前ですね。
(余談ですが、これが私の初めての海外旅行で、いろいろ体験させてもらいました。北にも足を踏み入れましたし)

状況は今回と同じなのですが、街の雰囲気は全く異なっていました。空港や町中にはオリンピックの広告がたくさんあり、市場やお土産物屋でもマスコットキャラクターのホドリを使ったものがたくさん並んでいた印象があります。何か、国中挙げてオリンピック開催を喜んでいる感じを受けました。

今思えば、ソウルオリンピックの頃は、ようやくオリンピックが開催できるまで成長を遂げた、という喜びがあり、その姿を世界の人に見てもらいたい、認知してもらいたいという自負があったように思います。しかし現在では、もはやある程度発展も遂げ、国で一丸となって国外の人に見てもらいたいというほどの熱意は失われているのではないか、と感じています。

振り返ってオーケストラでの演奏会のことを考えると、これと似たような状況があるかもしれません。オーケストラや個人が生成発展段階で、どんどん熱意が高まるときには、自然と聞いてほしい、見てほしいという意欲が高まり、外部に対するプレゼンスもそれに比して高まっていくようですが、熱意がないと外部のお客さんまで伝えることはなかなか難しいように感じます。これは演奏の質やレベルと必ずしも一致しないのですが、何か「勢い」というものが盛り上がるためには必要だと思います。

このようなリレーブログは、読者の皆様にはどのように届いているのでしょうか。
まだまだ「勢い」をつけるには足りないかもしれませんが、これからさらに勢いがつくような熱量ある活動、イベント等を皆さんにお届けしたいと思っています。ご期待ください。

(文:ミートボール)
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2018年01月21日

「夢」

八幡オケの皆さんは子供の頃から、もしくは学生時代から楽器を始めた方が多いのですが、私は皆さんと違い、バイオリンを始めたのは子供が出来てからでした。バイオリンという楽器は敷居が高く、並々ならぬ努力を要し、そしてそう簡単に上達させてもらえない、そんな楽器だと思います。挫けそうになりながらも続けて来れたのは、ただ「好き」という気持ちがあったからだと思います。念願の夢であった八幡オケに入ったのは5年前、今でもオーケストラについて行くのは大変ではありますが、人と合わせ合奏する事の素晴らしさを日に日に実感しています。

次回演奏会の曲はチャイコフスキーバイオリン協奏曲です。演奏会経験がなかった私にとってはその曲は夢のまた夢でした。何故ならば、誰もが知っている曲はなかなかやってくれない八幡オケでは、きっと無理だと思っていたからです。夢って願い続けると叶う事もあるんですね。人生、捨てたもんじゃないんだなぁとつくづく思います。

このような素人の私にも嫌な顔せず、お付き合いくださる優しい八幡オケの皆さん、ありがとうございます。

ひとつひとつ前に立ちはだかる壁は高いですが、少しずつ乗り越えて行くとまた新しい世界が見えて来るんですね。次の夢は何にしようかな?と、思ってる自分にワクワクしています。

Vn S
posted by 八幡市民オーケストラ at 12:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年12月23日

ソロのお楽しみ♪

お楽しみシリーズ ( 勝手に作りました ) 第3弾はソロです。
普段はオーケストラの中の 1 人で、それも楽器はヴァイオリン。常に同じ楽譜を 10 人以上で演奏しているので、大きな声では言えませんが、まあ弾けないところがあっても、ぶっちゃけ私以外の誰かが弾いてくれる訳でして…( ゴニョゴニョ ) 。
小節を数え間違えて迷子になっても、トップの方が前で合図を出してくれるし…(さらにゴニョゴニョ)
そんなオーケストラ生活を長年謳歌してきた私に、ソロで弾く機会がやってきました。数年前より習い始めた先生のヴァイオリンの発表会です。発表会といえども、人前で、それも1人で弾くことなど、これまで縁のなかった私にとっては、さあ大変、これは一大事です!!

まずは曲決め。何を弾きたいという意志すらなく、先生に勧められるままに曲は決めました。大人しく恥ずかしがり屋の私(本当です!)にとってはハードルの高い情熱的な曲で、本当に弾けるのだろうかと不安でいっぱいでした。

・ゆっくりのテンポで練習する時もフレーズはちゃんと感じて。
・最終的に飛ばす奏法のところも、最初はしっかり音を響かせるところから。
・オーケストラのようなPPの弾き方だとソロは全然聞こえない。音色で変化をつけて。
・難しいところこそ積極的に行かないと、気持ちがひるんだら弾けないよ。

などなど、先生からはたくさんのアドバイスを頂きましたが、一番印象に残っているのは、
「もっと自由に表現して!!」のお言葉です。
私が1人で弾く曲です。どんな風に演奏して、どんな曲にしたいのか、自分で考えて、もっと自由に表現の幅を広げないといけませんが、弾くのが精一杯でなかなか広がりません。う〜ん、難しい(泣)

仕事やオーケストラや家事の合間に少しずつですが練習を重ね、ついにピアノの方と合わせる日が来ました。初合わせの時は、どこに立って弾いたらいいのかもわからず、タイミングも取れず、私が弾けないと当たり前だけど曲は止まるし、ピアノと一緒だと自分の音程の悪さはよくわかります。
そんな状況でしたが、ふと思いました。
これ、もしかしたら楽しいかも〜!!
これまで必死で練習して来た曲を、ピアノと合わせて弾くことは、想像以上にものすご〜く気持ちよかったのです。本番は緊張しましたが、その場にいる人が全員私の音を聴いてくれている、という状況にこれまたぞくぞくしてしまったのです!!
そのぞくぞく感を忘れられず、今、3 回目の発表会の準備を始めたところです。2回目からは曲は自分で決めました。自由に表現できるようには、まだまだなっていませんが、長い期間、1つの曲の全ての音と向き合って、それを人様の前で弾くことは、大変だけど、楽しくて♪楽しくて♪
すっかり病みつきになってしまいました。

ソロを経験してから、オーケストラで弾くときも、これまであまり考えずに弾き散らかしていた音符に対して申し訳なかったなと思うようになりました。
どんな音が出したいか(→今年の八幡オケのテーマです!)どんな表現をしたいか、考えるのはソロもオーケストラも一緒だと今更ながら気づきました。ということで、まずはコッソリと弾いているフリをするのは、もう(なるべく)やめようと心に誓ったのでした。

邪悪なVn弾き
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2017年12月10日

アンサンブルの楽しみ パート2


ブログの依頼があり、最近いろいろと考えていた「感動する音楽」について書こうかと思いましたが、過去の検索をしてみたらなんと6年前に今の思いとほとんど同じようなことを投稿していました。よろしければ、こちらも読み返してみてください。
 ⇒ http://yawata.sblo.jp/article/47128454.html
 というわけで方向性を変えて、12月1日投稿のホルンUさんに引き続き、私も大好きなアンサンブルの楽しみについて書いてみます。ホルンさんは同じ楽器でのアンサンブルの醍醐味を書かれていましたが、私は異なる楽器のアンサンブル、木管五重奏の魅力を紹介します。
 ご存じの通り、室内楽やアンサンブルといわれるジャンルには、弦楽四重奏、ピアノ三重奏、金管五重奏など様々な編成があります。なかでも弦楽四重奏はクラシックのアンサンブルの代表的な編成で、ハイドン、モーツアルト、ベートーヴェン、シューベルト、ドヴォルジャーク、ショスタコーヴィッチなど名だたる作曲家が、世に残る名曲を作曲していますね。曲の構成もしっかりしていて、その音楽的内容も崇高なものが多く、まさに純音楽の極みとも言うべきものだと思います。これに対して、木管五重奏は正反対の位置あるように思います。古典的なものではダンツィ、レイハが多くの作品を残していますが、その後はタファネル、イベール、ミヨー、フランセ、ボザなど近代フランスの作品が多く、ニールセン、ヒンデミット、ヴィラ=ロボス、バーバー、リゲティなど、近現代の様々な国の作曲家も作曲しています。しかし弦楽四重奏の作曲家と見比べると超有名どころというわけにはいかず、やはり対照的な印象です。曲の内容もディヴェルティメント的な楽しく軽い感じの曲が多いです。
 一般的に木管五重奏といえば、フルート、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットという楽器編成になります。この編成が絶妙で木管五重奏の最大の魅力だと思います。ホルンが入っているので「木管」というのは少し違和感もありますが、言い換えれば笛五重奏でしょうか。横笛、縦笛、それに角笛。この五種類の笛は単に音域が違うだけで無くその発音形態や構造も大きく違い、つまり音色が全く異なります。弦楽四重奏はほぼ同じような形、発音形態の楽器の集まりなので、音色や表現も非常に似通っていてその溶け合ったような響きが魅力のひとつです。金管五重奏も楽器の形が円筒形と円錐形で多少の音色の差はあるにせよ、振動源は同じなので調和のとれた響きがします。これに対して木管五重奏の楽器を振動源と共鳴系で分類すると、無簧開管楽器(フルート)単簧円筒管楽器(クラリネット)複簧円錐管楽器(オーボエ・ファゴット)それに唇簧円錐管楽器(ホルン)ということになります。こんなことを説明するまでもなく、誰が聞いてもその違いが分かる五つの音色で作るこのアンサンブルは、あたかも五色の糸で織りなす織物のように鮮やかで色彩豊かです。赤、黄、青、白、緑などの糸が、時に赤が主張し、次には緑が目立って、また時には黄と青が絡まり合い、そして五色が綺麗に織り重なって遠目にはひとつの色に見えるようなハーモニーをつくっていきます。それも、色のバランスによって虹や日が沈む夕暮れの色のように変化していくのです。
 こんなに素敵な木管五重奏を私が初めて経験したのは、大学オケの先輩に誘われたときなのでもう30年以上前になります。すぐにその楽しさの虜になり、卒業後も大学オケのOBを中心に「Ensemble Closque(アンサンブル・クロスケ)」というグループを組んで、当時京響ファゴット奏者であったの森先生のところにレッスンに通い、発表会にも出たりしていました。その後は転勤先の名古屋で所属していたオーケストラのメンバーで「Ensemble Sanpole Academia(アンサンブル・サンポール・アカデミア)」という木管五重奏+ピアノのアンサンブルを結成して十数年活動してきました。ほんとうにアンサンブルを楽しむには、やっぱり同じメンバーで長年続けるに越したことはありません。時間と共にメンバーもの癖も分かってくるし、アンサンブルとしての方向性や音色も固まってきます。でも、仕事の都合や家庭の事情、そして何よりも気が合わないということで、同じメンバーでのアンサンブルを続けることはなかなか難しいようです。Ensemble Sanpole Academiaでは、練習のスケジュール調整や場所の手配、本番の段取りなど大変なことはたくさんありましたが、音楽的な方向性が合うメンバーと奇跡的に出会えて、その同じメンバーで十数年も続けられたことは本当に幸せなことだと思います。昨年夏には第10回記念演奏会を名古屋の熱田文化小劇場で開催しました。ピアノと木管のための五重奏曲(モーツアルト)、サマーミュージック(バーバー)、3つの小品(イベール)、六重奏曲(プーランク)そしてアンコールに安らぎの時間から神経質な子供(フランセ)というプログラムは結成当時では考えられなかった名曲難曲揃いですが、継続は力なりとはよく言ったもので良く出来たものだと自分でも感心しています。
 さて、先月25日に開催された八幡市民オーケストラの室内楽発表会でも、木管五重奏を演奏しました。練習回数が少なくやや不完全燃焼気味ですが、このメンバーでのアンサンブルも楽しく、私のアンサンブル人生でまた新たな1ページが始まった予感がします。これからが楽しみです。

クラのゆうすけ
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2017年12月01日

アンサンブルの楽しみ

ホルンUです。
いつのまにか40年もの歳月をホルンと付き合っていることに先日気がつきました。汗

さて、我がホルンパートは室内楽演奏会には必ずパートアンサンブルで出演しています。
このところずっと6人なので6重奏をやるのですが、実は6人用の楽譜はあまり出版されていません。
あるにはありますが、4とか8よりは明らかに少ないのです。
まあなければ作ろうということで毎回パートの誰かが6重奏用に編曲します。
まあどうせ編曲するならジャンルに関係なくやりたい曲をやるか、とけっこうムチャな曲を選び、
「うわーこんな楽譜吹かれへんわ」と笑いながら練習するのがとても楽しいです。
更に言うと固定メンバー用に編曲するということは最初からどのパートを誰が吹くか
わかっているわけなので、メンバー各人の個性を活かした編曲が可能です。
メンバーそれぞれに得意な音域や表現方法があるので、そこを少し(いや、かなり)攻めるというか拡張するわけです。
その結果パートメンバーから「吐きそう」(筆者註:原文は「げー出そう」)「唇切れそう」
「(息継ぎできなくて)酸欠になるから休符求む」などの生温かいお言葉をいただくことになりますが
そこを笑ってスルーして毎回本番まで突き進むのも、パートアンサンブルの醍醐味のひとつと言えるでしょう。
先日開催した今年の室内楽演奏会では懐かしの吹奏楽名曲を2曲演奏しました。
普通の金管5重奏に匹敵する5オクターブ近い音域を使い、原曲ではサックスパートにあるアドリブソロ風の楽譜も
そのまま盛り込むという相変わらずの無理やりな楽譜だったため練習ではいろいろ不服の声が出ていましたが
これも相変わらず笑ってスルーし、本番はけっこう楽しく演奏できました。

さあ、次も無茶しますよ。笑
ホルンU
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2017年11月26日

ラフマニノフ紹介

次回の演奏会のメイン曲として、ラフマニノフの「シンフォニック.ダンス」を演奏します。実は、私はこれまでラフマニノフの曲を演奏をしたことがありません。初挑戦です。しかし流石、有名作曲家だけであって、今まで読んだ(見た)幾つかの物語の題材されていることを思い出しつつ、有名どころを書き連ねてみました。
よければラフマニノフの布教(?!)にお使いください。また曲を知ってる方には、よりおすすめできる、楽しめる作品ですのでぜひ見てみて下さい。


中山七里 おやすみラフマニノフ
ピアノ協奏曲第2番
前奏曲嬰ハ短調「鐘」
ラフマニノフを題材とした物語として、やはりこれが一番最初に来るのではないでしょうか。タイトルからは想像できないまさかのミステリー小説です。音楽大学内で起こったストラディバリウスの密室盗難やグランドピアノの破壊事件、そこに関する思惑などなど。この作者の予想の付かないラストにいつも驚かされます。

恩田陸 蜂蜜と遠雷
練習曲集 音の絵
ピアノ協奏曲2番、3番
書いといてなんですが、実はまだ読めてません。(図書館派なので人気の本はなかなか回ってこず…)ピアノコンクールの話、らしいです。が、元々売れっ子作家の恩田陸さんの作品の中でも傑作と言われている物なので、読むのが楽しみです。

新川直司 四月は君の嘘
クライスラー作曲 愛の悲しみ、ラフマニノフ編曲
こちらはラフマニノフによる編曲です。元々はバイオリンとピアノの曲なのですが、ラフマニノフがピアノソロ用に編曲した物が使用されていました。ピアニストの主人公にとって、母親との思い出の曲として取り上げられていました。編曲にもラフマニノフらしさが滲み出ている気がします。
バイオリニストのヒロインとピアニストの主人公が織りなす青春物語です。エンディングがもう最初の頃から見えてるのに、それでもエンディングは泣いてしまう表現が素敵な作品です。

二ノ宮知子 のだめカンタービレ
ピアノ協奏曲第2番
やっぱりピアノ協奏曲の2番は色々な所で取り上げられる有名曲ですよね。のだめと千秋がピアノで連弾したり、ミルフィーと千秋のコンサートで使用されていました。

フィギュアスケートについて
浅田真央選手のソチ五輪でのピアノ協奏曲2番は名演でしたし、バンクーバー五輪では鐘を使用していましたね。ピアノ協奏曲第二番は高橋選手や村主選手、伊藤みどり選手も使用していたとの事、フィギュア界に於いても、大人気曲の一つとなっているのですね。また、別の曲でしたら羽生選手が昔、パガニーニ主題による狂詩曲を使用しています。
フィギュアスケートでは、ラフマニノフが使われる機会は多いみたいですね。どれも名演なのでフィギュア好きはぜひ見てみて下さい。

そういや村上春樹ってめっちゃクラシック出してくるけど、ラフマニノフについてはどうなんかなと思って調べてみるました。
残念ながら登場は一文だけ、セルゲイ・ラフマニノフみたいな深刻な顔をした〜という比喩表現に使われていただけでした。残念。

書いてて思ったのですが、ピアノ協奏曲2番の使用がやっぱりダントツに取り上げている作品が多いですよね。
残念ながら「シンフォニック.ダンス」が使われている作品は見つけられなかったのですが、この曲中にも、どこかオーケストラがピアノらしく聞こえるところが幾つかある気がします。これからどのように、曲ができあがっていくのか楽しみです。
ぜひ完成を聞きに次回第52回演奏会にいらしてください。


本を読みたい人
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2017年11月11日

第50回記念演奏会を終えて

少々日が経ってしまいましたが、さる10月22日、第50回となる定期演奏会を終えました。台風が近づく荒天の中でしたが、大勢のお客様にご来聴いただき、演奏会途中で携帯の緊急速報メールが鳴ったりもしていたようですが、最後まで(いろんな意味で)無事に演奏をすることができました。指揮は中井章徳さん、第33回定演ではじめて客演をお願いして以来今回で5回目の共演です。

第50回記念演奏会ということで、プログラムはかなり意欲的なものでした。1曲目はベートーヴェンの交響曲第1番。記念すべき第1回定演(1983年)で演奏した曲でもあります。両方とも出演した方がいらっしゃるのか、興味があるところです。さてベー1は、次のリヒャルトなどと比べれば、楽譜はかなりシンプルなのですが、それだけにわずかな音程のずれやリズムの乱れが致命傷になることもあり、私たちのようなアマオケにとっては演奏にかなり気を遣う曲です。中井さんのベー1は、古典的なドミナント→トニックの進行を明確にしつつ、その上でベートーヴェンが随所で試みている実験的(前衛的?)な仕掛けを細部にいたるまで忠実に再現しようとするもので、とても刺激的で楽しめました。本番、中で弾いている印象としては、推進力があり、かつ古典的なまとまりも感じられるいい演奏だったように思います。

休憩をはさんでメインは「英雄の生涯」。私たちにとってはかなりチャレンジングな選曲です。音楽関係の知り合いからも、「まじか!?」(まじです)、「ソロ弾くの?すごいねー」(弾ければね)、「これが弾ければたいがいのオケ曲は弾ける気になりますよ」(弾ければね)とたくさんの驚きと励ましのお言葉をいただきました。

個人的なことを書かせていただけば、ヴァイオリンのソロは噂通り(?)とんでもなく難しく、選曲の段階で打診されたときには安請け合いしたものの、いざさらい始めてみるとまあ大変。YouTubeで動画を探してはボウイングやフィンガリングを参考にしてあーでもないこーでもないと悩んだり、師匠にレッスンをお願いしていろんなアイディアやコツを教わったり、とにかく悪戦苦闘の連続でした。

ところで、こういうドソロはかなり緊張を強いられます(少なくとも私は)。ある意味では、技術的な問題の克服よりも、緊張対策の方が重要だと思うくらいです。特にイヤだったのは、最初に妻が登場する場面や、一番最後の部分など、他人が弾いている姿をみれば「気持ちよさそうに弾いててええなあ」と思うような箇所ばかり。本番で緊張しないようにするのは経験上無理だとわかっていたので、自分なりに細かな緊張対策をいろいろと試しました。そんなこんなで本番は、練習では一度もミスしたことのない箇所で大ミスをしたりもしましたが、大きな破綻もなく何とか乗り切ることができたかなと思います。

ヴァイオリン・ソロのことばかり書いてしまいましたが、オケ全体としても超難曲で、他にもホルンをはじめとして管楽器群に美味しいソロがあったり、超高音域のヴィオラなどありえないくらい難しい譜面ヅラだったり、にもかかわらず緻密なアンサンブルを要求されたり、とにかく大変な曲でした。さすがに無傷の勝利とはいきませんでしたが、難しい楽譜と格闘してよくここまで仕上げたものだと、互いの健闘を讃えあいたい気持ちです。

初見大会から5か月弱。この長い期間丁寧に練習をみていただいた中井マエストロ、トレーナーの先生方、団内トレーナーの皆様には、あらためて感謝。第50回の節目の演奏会として、オケとしても個人的にも達成感のあるいい演奏会になったと思います。

次の第51回定演は、2018年5月27日。プログラムは、ムソルグスキー/禿山の一夜(よく聴くリムスキー=コルサコフ版ではなく、オリジナル版)、玉井菜採さんをソリストに迎えてのチャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲、ラフマニノフ/シンフォニックダンス、です。その前にも、11月25日には親子コンサートと室内楽コンサート、来年2月11日には八幡市民音楽祭に出演します。私たちにとって普段の練習はやはり演奏会あってのもの、そして演奏会は何と言ってもお客様に聴いていただいてナンボです。これからもぜひ気楽に聴きにいらしてくださいませ。さらに、私たちと一緒に演奏しようという方、もちろん大歓迎です。

コンマスながた
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2017年10月15日

トレーナーがメトロノームと違うところ。

演奏会が近づいて来ました。団内トレーナーにブログの当番が回ってくる時期でもあります。普段の練習の雰囲気を感じていただければ幸いです。

私が団内トレーナーを担当し始めて、13年が経過しました。早いものです。
団内トレーナーを務めていると、よく「大変ですね。」と言われます。はい、確かに大変ではあります。が、それなりに楽しい面もありますので、まあやりがいもあります。前回のトレーナーブログにてHさんも、同じようなことを書いていました。 →http://yawata.sblo.jp/archives/20170513-1.html
他に最近よく言われるのが、「いつもご指導ありがとうございます!」というもの。自分より年下の比率が増えてきたせいか、頻度が増したように思います。
でも、ちょっと待て。尊重してもらえることはうれしいけど、私のしているのは「指導」だろうか?私は先生ではないし、いろんな楽器の演奏技法を人様に教えられる能力はないし。じゃあ何やっているの?と聞かれると、案外一言で説明するのは難しいものです。指導はできないけど、ある程度エラそうなことも言わないといけない。マジメに言えば、練習を効率的で最大効果が出るような「仕切り役」でしょうか。会議の進行役のような。奏者だけでもその気になれば練習はできますが、練習をうまくファシリテートすることで、より効率よく練習を進めることができる、というか。ちょっとインテリジェントなメトロノームのイメージ?
さて、とはいえ、メトロノームじゃ何なので、自分なりにこんな練習を目指したい、というポリシーのようなものは持っています。この機会に思い切ってちょっと公開してみたいと思います。ネタばらしみたいでちょっと恥ずかしいですが。また、あくまで「理想形」ですから、団員のみなさんからの「言ってるようにはできていないやないか」、というツッコミは甘んじて受け止めます・・・実際、毎週、思い通り行かなかくて凹んだり、うまくいったとニヤついたりしてるんです。

1.「振る」ことにはこだわる。
 客演指揮者とは同じ振り方も同じテンポも完璧な再現は無理です。でもだからといって「棒はお飾り、勝手にアンサンブルして」 としてしまってはいけないと思っています。みなさんがまず指揮を意識して視界に入れ、適切な「指揮者の見方」の練習になるように、まずはトレーナーと言えどちゃんと指揮者として振る必要があると思い、結構一生懸命振ってます。見てくれなかったら、見て!と言います。見てね。

2.「練習」をする。
ともすればやってしまいがちなのが、「ここに注意してください。」「この音符、大事だから。ちゃんと演奏してね。よろしく。」 と指摘するだけで終わってしまうケース。練習するために合奏しているのですから、合奏しなくてもできる指摘をしてたんじゃあ意味がない。演奏してもらって、そこで問題点があれば指摘して、直るように練習する。私の練習は反復が多いと思いますが、こういう理由によります。
また、できるだけ話す時間を削減し、音を出す時間を増やしたい。これはたぶんトレーナーの永遠の課題と言ってもいいかもしれません。

3.たまには「小ネタ」を入れる
 2の「音を出す時間を増やす」と矛盾するようですが・・・
アマチュアとして、楽しく演奏、練習するのを楽しみに集まって来ている側面もあると思います。多少の雑談(うんちく話)でちょっと一息、も必要かな、と思っています。実際あまり役に立たないしょーもない話が多いのはご愛敬…。何事も度を過ぎてはいけませんね(!)

これらはみな、結局練習時間との戦いだったりもします。すぐに時間が足りなくなっちゃうんですよね…。正直、まだまだの域だと思いますが、今後も精進していきたいと思います。そして、演奏会本番が素晴らしいものになることに貢献できますように。
やっぱり、こういう人間的な練習ができるようになっていかないと、メトロノームとは言わないまでも、今流行りのA.I.にいずれ取って代わられてしまうかもしれませんね。

A's Intelligence
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2017年09月30日

アマオケの魅力

毎週土曜日、夕食の支度を済ませ、いそいそと公民館へ向かう。練習が出来てない週は気が思い(>_<)。今日は、4楽章まで行きませんように…とか思いながらも、休むこと無く、気付けば早いもので在籍5年目である。
周りは大学オケで鍛えられてる方がほとんどの中で、未経験の私はかなり頑張らないとついていけない。それでも続けていけるのは、他では味わえない魅力がいっぱい詰まっているからかもしれない。
その魅力とは…
まず、日々の生活とは全く別の世界での活動であり、母でも妻でもなく、個になれること。以前より、実際忙しいはずなのに、張りがあり、好きなことをしてる分仕事も頑張れる、良いバランスが保たれている。
そして、貴重な体験。年に2回の演奏会に向けて客演指揮の先生やトレーナーの先生から手厚い指導を受ける事が出来る贅沢。それに伴う合宿は、まさにどっぷり浸れる時間である。
そして、本番のあの何とも言えない緊張感。1曲目のタクトが振られる前の瞬間の静けさ。そして、皆の集中の糸を繋ぎ曲が進む。フィナーレは、毎回泣きそうになるのをこらえて、あ〜終わった〜と達成感が込み上げる。
このような体験全てが、アマオケの魅力で、辞められない理由なのでしょう。
来月の演奏会まで1カ月を切り、後悔の無いように、日々練習に励みたい。そして集客活動も頑張らねば。子供たちに言わせると、ママの青春なのだそうで(^^)
行けるとこまで行こう!

Vn. mariponta
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2017年09月18日

トロチューな毎日 オフレコ版

来たる第50回記念演奏会に向けて、団内ではいろいろな準備をしています。その中で先日、楽器を初めたころは…という話になり、パート内で大変盛り上がりました。残念ながらオフレコになってしまった部分を、せっかくなので少しご紹介したいと思います。
まずは英雄の生涯のトップ、トロンボーンのNさん。ひょうきんで楽しいお人柄で、くまモンがトレードマークです。中学は水泳部で、高校の吹奏楽からトロンボーンを始めたそうです。パートで唯一の文系出身ですが「何故かいちばん理屈っぽいんじゃないでしょうか?笑」とのこと。最近の考え事は、金管楽器は高い音を出すとき息のスピードをあげるのに、弦楽器は弓のスピードを上げてもピッチが上がらないのは何故か、だそうです。難しいです 笑。
バストロンボーンのFさんは、真面目で面倒見の良い、パートのお父さん的存在です。LINEのアイコンが「お父さん」で登録されている(もともとご家族でしかお使いでなかったそうで)ので、いつもパートLINEが大変ほっこりします。中学はバスケ部、高校で吹奏楽部に「引きずり込まれた」らしいです 笑。特に希望に関係なくトロンボーンに配属、バストロは長女さんが生まれる1ヶ月前に購入されたそうです(奥さまの寛大なお心に感謝です!)。
英雄の生涯ではテナーチューバ担当のHさん。大らかでチャーミングな、我らがパートリーダーさんです。大変博識でいらっしゃって、例えば美味しいお酒やご飯のことはもちろん、靴ずれ予防にはワセリンが効くとか、いつも面白い話をして下さいます。トロンボーンを始めたのは中学のブラスバンド。中1の秋に少し遅れて入ったらパーカッションとトロンボーンしか空いておらず…ということでトロンボーンになったそうです。
そしてチューバのTさん。朗らかで親しみやすいお人柄で、降り番部屋でも子供たちに大人気のお父さんです。Tさんの周りは何故かいつも鬼ごっこスポットになっています、うらやましいです 笑。楽器を始められたのは中学の吹奏楽部からで、中学ではトロンボーン、高校からチューバになったそうです(本当はクラリネット希望だったのだとか…!)。
今回はこのような素敵なメンバーで演奏会に臨みます。どうぞお楽しみに♪(本当はまだまだ、これまでにトロチューに在籍しておられた偉大な先輩方のお話なんかもあるのですが、こちらはまたの機会に…!)
じゃんけんに負けたらトロンボーンしか残ってませんでした・U
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2017年09月10日

英雄の生涯に寄せて

裕輝も早いものでもう4歳、成長するにつれ、持って生まれたものや少しずつ形成されつつある個性のようなものが感じられるようになってきた。人の性格や好みはどこから来るのか?家庭環境?持って生まれたもの?仲間?そりゃどれもでしょ、とみんな当然のように言う。でもそれだけだろうか?「どんな環境で育ったとしても自分は自分で変わらなかったのではないか?あまり親の言うことを好んで聞き入れた記憶がない。どちらかと言えばしぶしぶ。
かと言って持って生まれたものだけが全てで親や仲間達から何の感化も受けなかった訳でもない。では今自分が彼にしてやれることは何だろう?」ようやく会話らしいことができるようになった裕輝と話しているとふとそう思うことがある。
1940年代まで生きた人物にしては伝記らしい文献が多くないシュトラウスはどのような幼少期を過ごしたのだろう?父フランツは養子だった。スパルタ教育で育てられ、後にワーグナー、ブラームス、ビューローなどからも一目置かれるほどの名ホルニストになる。息子リヒャルトも父のホルンが大好きで、マイスタージンガーのソロを父より上手に吹く人を知らないと言っていた。母は裕福なビール醸造家の娘でかなり神経質な人だったらしい。家には常に父の同僚が出入りし、音楽を志すには最適な環境で育った。少年はいわゆる神童、5歳から作曲できるほどの才能を持ち、挫折することもなく、そのまま音楽の世界でピアニスト、指揮者兼作曲家として成功した。父フランツは、いわゆる教育パパ。幼少期のリヒャルトは父の言いつけをきちんと守る賢い子だった。父はモーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトなどのドイツ古典派に深く傾倒していたため、息子にも古典派中心の音楽教育、敵視していたワーグナーからはできるだけ遠ざけるようにしていた。16歳で音楽界にデヴューしたリヒャルトに対しても対位法の技巧に走りがちな作曲の癖を何度も指摘し、同僚チェリストの奥さんと不倫騒動を起こしそうになった時も厳しくたしなめた。
(W不倫ではなく、リヒャルトはまだ20歳で独身だった。
しかし、そんなことで親子関係が悪くなることもなく、父への敬愛を忘れず、コンチェルト1番を父のために書いた。情報不足で音楽以外のエピソードが見つからず、人間臭さが少ない印象だが、興味を引いたのが、数学だけがあまり得意ではなかったこと。それと関わりはないかもしれないが、お金を貯めることだけにずっとこだわり、特に癇癪持ちのソプラノ歌手だったパウリーネと結婚してからは、さらに拍車がかかった。お金が稼げる演奏会にはなりふり構わず自分のオケ(ベルリンフィル)を駆り出し、それを他人から揶揄されても、全く動じなかったそうだ。作品に出てくるあのロマンティックなメロディの数々からは全くかけ離れていてちょっとおもしろい。
今自分がこうしてホルンを通じて少しだけでも音楽に触れてそれを学ぶことができる。英雄の生涯のような難曲にも挑戦させてもらえる。これは自分の持って生まれたものだけでここまで来たのでなく、良くも悪くもこれまで関わったすべての積み重ねだということだけは確かで、その結果幸せに生きている。いろんなものに感謝しながら、いろんなものを見聞きしながら、これからも裕輝と一緒に成長していきたいと思う。

弥益 洋
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2017年08月23日

八幡市民オケ子ども会 パート2

前にこのブログで子ども会のことを書いたのはいつだったかな…と見返してみると、もう5年前でした!!!
月日の経つのは早いもので…

…という訳で(?)、八幡市民オケ子ども会パート2です。
パート1はこちら→http://yawata.sblo.jp/article/54764922.html

5年前は未就学児数人だった子ども会ですが、その後子どもたちは大きくなり、そしてお友達が増え、今はほぼ毎回来るレギュラーメンバーが10人を数えるまでになりました。
不定期に来る子たちもいます。
毎週複数のシッターさんに来ていただいて見守ってもらっています。

子ども10人もいると、さすがに全員で遊んでいることは滅多になく、いくつかのグループに。
ブロックで遊ぶ子たち、絵本組、折り紙に勤しむグループ、シッターさんに抱っこされて甘える子、この一週間を語る子、そして走り回って汗だくのワンパクたち…
年の近い子でまとまったり、大きい子が小さい子の相手をしたり。
その時々で行き来しながら楽しい時間を過ごしているようです。

子どもたちが増えると、シッターさんをお願いするための仕事もいろいろ増えました。
親たち全員で役割分担して、相談しながら進めています。
運営の方を始め、オケの皆さんにもたくさんご協力をいただいています。そして、温かく見守ってもらっています。ありがたい限りです。

毎週、子どもと楽器を抱えてやってきて、練習して、そして遊び疲れた子どもを連れて帰る…
大変ではありますが、充実したオケ生活です。

オケ復帰したいけど子どもが小さいうちは預けられなくてムリかな…とお思いの八幡市近辺の方、よかったら一度覗きに来てください。
賑やかな子どもたちがお迎えしますよ。
たいこ・3児の母 あ@今年は子ども会会長
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2017年08月11日

新世界交響曲に思いを巡らせて

この3月に入団しました。第49回定期演奏会の演奏曲目がドボルザークの交響曲9番ということで、連想的に色々なことに思いを巡らせましたが以下はその一部です。
この交響曲は今から60年前の中学生の頃、まだ、「交響曲第5番‘新世界より’」で呼ばれていました。恐らく私が初めて買ったLPで、演奏はトスカニーニとNBC交響楽団でした。これ以降は何が何でもトスカニーニとNBCの演奏というほどにはまっていきました。友人はラファエル・クーベリックの指揮するLPをもっていました。二人で持ち寄って聴き比べをしました。第2楽章の中間部のコントラバスのピッチカートは言うまでもありませんが、第4楽章126小節から始まるコントラバスのppのピッチカートが友人のプレイヤーではくっきり再現されるのに、自分のプレイヤーでは聞こえなくなってしまって、その度に、ボリュームを上げて聴くなどしたことが思い出されます。
高校に進学して3年間は大阪の朝日ジニア―オケにフルートで参加しました。上には上がいます。2ndフルートに甘んじておりました。3年間のジュニアオケ活動を通じていろんな楽器と接する内に、興味がコントラバスに移っていきました。当時は、オーボエ、ファゴット、コントラバスの人材が渇望されていました。高3のときにコントラバスに転向しました。当時、演奏会に向けシューベルトの未完成交響曲を練習していましたが、オケの全体練習で指揮の朝比奈隆先生から「君、一人で弾いて見なさい」と冒頭のバスパートの演奏を命じられたことがあります。身の縮む思いで弾きわった時の評「迷惑ではないな」という微妙なものでした。
 連想は飛びます。その後、そこそこ弾けるようになり、師匠である西出昌弘先生の紹介で、関西フィルハーモニー管弦楽団の前身であるヴィエールフィルハーモニックにエキストラに行くようになりました。この楽団の指揮者は創設者の宇宿正人さんですが、ワンマンなやり方で、私がエキストラにいきはじめてから2〜3年経た頃に、とうとう団員との仲がこじれてしまい、指揮者が団を離れることになり、その最後の演奏会が新世界交響曲でした。いつも通りの指揮をする指揮者と白けた団員の中での演奏でした。この連想からさらに、団員との関係がこじれてしまった、カール・チェリウスと京都市交響楽団のお別れ演奏会を聴きに行ったことが思い出されました。演奏する方の思いとは別に聴く方の思いは聞こえない音を聞いてしまったり、凡庸に聞こえたり、名演奏に聞こえたりします。内紛のことなど何も知らなければ聴く方は何も感じません。演奏者は何らかの形で指揮者を裏切ることができても、一方で決して作曲者を裏切ること出来ないというところに一つの答えがあるのかもしれません。「どんな音が出したいですか?」という「はるもにい」の問いかけと併せて、演奏とはどうあるべきかを深く考えさせられます。
日浦啓全
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2017年07月22日

発端はへヴィーメタル

今回は2ndVnの担当です。私は八幡オケ入団し4年目になりました。
八幡オケには様々な楽器を演奏される方がいらっしゃいますが、皆さん楽器を始めるきっかけは何だったでしょうか?
管・打楽器やBassの方は、吹奏楽がきっかけという方が多いと思います。弦楽器に関しては、子供の頃に習っていた(習わされていた?)、学校のオーケストラ部で楽器を始めた、大学でオケを始めた、大人になって始めたといったように時期もきっかけも様々のようです。

私は大学オケからヴァイオリンを始めたのですが、発端は「へヴィーメタル」でした。
というのも兄の影響で小学生の頃からロックに興味を持ち、中学生になるとロック仲間とコピーバンドを始めるため、小遣いを貯めてエレキギターを購入しました。当時はメンバー全員が楽器初心者ということもあり、ボン・ジョヴィようなポップロック(?)から始め、レベルが上がるにつれラットやモトリー・クルーといったLAメタルを経て、アイアンメイデン、メタリカ、メガデスといったハードロック・へヴィーメタルと呼ばれるジャンルに次々と移行していきました。(どんな曲かを知りたい方はYOUTUBEで検索してみて下さい)
やはりへヴィーメタルでのギターの醍醐味と言えば「速弾き」ということで、色々な難曲に挑戦していきましたが、
その中で出会ったのが「イングヴェイ・マルムスティーン」というギタリストでした。

彼は近年はエレキギターとオーケストラの組曲を作り、日本でも新日本フィルハーモニー交響楽団と演奏会を行っているので、ご存じの方も多いかも知れませんが、当時はアルカトラスいうバンドでメジャーデビューしたばかりの新進気鋭の若いプレーヤーでした。その後、ライジングフォースというバンドを結成してバンド活動を始めますが、単なる速弾きではなく、旋律がメロディアスであることから大ファンになり、当時は毎日必死に練習をしていました。

そんな時、とある雑誌の記事で、彼はパガニーニに影響され、ギターでパガニーニ(カプリース5番)を演奏していたとの情報を得て早速CDを買いに行きました。それが初めて購入したクラッシックCDであり、ヴァイオリンの音色に魅了されたCDでもあります。
その後、エレキギターでパガニーニを弾きこなそうと練習しておりましたが、「どうせやるならヴァイオリンでやろう」と思い立ち、大学オケでヴァイオリンを始めたのがヴァイオリンを始めるきっかけでした。

[写真1] 記事が載っていた雑誌の表紙、(1990年発刊です・・・)写真1.jpg

[写真2] 雑誌中の1ページ、このページが無ければヴァイオリンを弾いていなかったかも
写真2.jpg

大学オケ時はへヴィメタの癖でヘッドバンキング(頭を前後に振りながら演奏すること)して指揮者に「お前のはヴァイオリンじゃない!」と良く怒られていましたが、就職後は転勤等もあり、楽器に触る機会もめっきり減っておりました。
八幡オケに入団後は、良い雰囲気の中、改めてヴァイオリンの楽しさに気づき、毎週楽しく楽器を弾かせて頂いております。ただ、未だに独学でヴァイオリンを弾いているので、上達は亀並みに遅く(むしろ年齢と共に悪化?)、元々ヴァイオリンを始めるきっかけであったパガニーニはいつ演奏できるようになるのやら、焦らずに気長に楽器を続けたいと思います。
(流石に、ヘッドバンキングはしていないつもりですが・・・、してませんよね?)
2ndVn / ブランクながい
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2017年07月09日

人はなぜBばかりをまとめたがるのか

 次回演奏会の選曲会議の議事録を眺めて、「ブラームス、次こそブラームス、ブラームスそろそろ本気出す時やで…」と念を送りながら、ふと思います。オーケストラを始めて20年ほどたちますが、わたしが弾いたブラームスの交響曲は2番と3番の2曲のみ。「ほう、ということはあと20年オケを続ければなんとかいけそうやな、それはそれでなかなかええなぁ」とバカ丸出しの理論にうなずきつつ、「ブラームスはやっぱええわぁ…」と口に出していると、驚くべきことに次にわたしの口から出たのは「…ベートーヴェンもええよな」の一言。なぜだ、なぜこのタイミングで、解せぬ。

前置きが長くなったのですが、ここからが今回の本題です。ブラームス、ベートーヴェンときたら、3Bですよ、3B。しかし何を思ったのかあと1人が思い出せず、「B、B、えーっと、ブルックナー?ベルリオーズ?…ちがうな、バルトーク?ボロディン?いや、たぶんどうみてもちがうやろ、ググろ!」と典型的ミレニアル世代の行動で解決しようとするわたし。結果、Google先生がおっしゃるには、申し訳ありません、バッハでした、なんたる失態!たぶんその人Bの中でも1番のBやで!しかも3Bってドイツでまとめるらしい。わたしがあげた人、だれもドイツ人ちゃうやん…。

 それにしてもなぜBばかりを3人まとめるのか、ほかの頭文字ではないのかしら…と考えてみたのですが、これができない。モーツァルト、メンデルスゾーン、マーラーの3Mくらいでしょうか。「でもこれは完全に共通点がMなだけやしなあ」とぼやいていて気付きました。Bです。人はBだからまとめたがるのです。これは盲点でした。

 何を言っているのだと思われるでしょう。そうでしょうそうでしょう、でも事実なんです。わたしがかつて通っていた高校は、京都にある仏教系女子校だったのですが、近隣男子校生たちからの評価が「ブス」「馬鹿」「仏教」の3B。ひどい、いくらなんでもひどいやろ、その評価。かわいい子もきれいな子もいましたよ。え?それはごく一部で、相対的にブスが多かったのでは?ですって!?いやいやそんなことはなかったはず。あのころの写真を見るとわたしも友だちも「顔パンパンやん…、目も肉で埋もれてるやん…」って呆然とするのは気のせい気のせい。馬鹿についても、これはわたしに関しては何とも言えませんが、かしこもおったで!そう考えると、この3Bの中で「仏教」のみが事実であり、「ブス」と「馬鹿」の2つは正確性を欠くため、無理やりこじつけた3Bであると言えるでしょう。
 次は地場産3B。場所は京都や大阪からは離れるのですが、滋賀県には地場産業が9つあり、彦根市にはそのうち3つがあります。それが3Bと言われるもので、「仏壇」「ブラジャー」「バルブ」。みなさんご存知でした?いやあ、わたしも数年前まで知らなかったんですけどね。仏壇は説明するまでもなくあの仏壇。ブラジャーが意味するのは、ファンデーションの縫製のことなんです。そしてバルブ、水が通るアレです。でもこれちょっと疑問に思いません?バルブは“valve”と綴るので、Bじゃないんですよ。ローマ字でってことで3B入りしているらしいです。しかも中核をなす存在です、本当はBやないのに…。またしても無理くり3B。

 と、3Bが3つでたところで言えることは、やはり人はBを見ると3つでまとめたがるということでしょう。なんか大発見をした気分です。ふう、長々と書いてしまいましたが、ブラームスに思いを馳せつつ、それでは失礼します(ブラームスは交響曲だけやなくて、弦楽6重奏もチェロソナタもええんやで)。

Vc 横線増えると楽譜が読めぬ
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2017年06月25日

トロンボーン吹きが「??」になるトロンボーンの話

⑴行き過ぎ?な「おこだわり」

トロンボーンの何が良いって、そりゃ私にとってはビンビン鳴るところです(トロンボーン奏者によって異論あり)。ちょっと昔のF1に例えれば、安定のアラン・プロストより、無冠の帝王ナイジェル・マンセルを崇拝するが如しです。限界ギリギリのシビレるようなドライブ!!時にはスタートで軽くホイルスピンするが如く音の頭が「ガッ・・・」といってほしい時ってあるじゃないですか(日本車にありがちな「横滑り防止装置」などつまらん)。もちろん音が小さくてソフトな時でも、とにかく鳴りがいいに越したことはありません。

よりビンビンに鳴らす為に奏法にも磨きをかけるべきなのですが、楽器そのものもよりビンビンにしたいものです。

ここで本来のトロンボーンの形をよく思い浮かべて下さい。最近でこそバルブが1個(バストロは2個の場合多し)ついている楽器が主流ですが、本来はスライドで音程を取るので、他の金管楽器なら必ずバルブとそれに繋がる管がいくつかあるところ、そんなものは「ない」のがもともとの姿(何も付いてない普通のトロンボーンはテナー、一方バストロンボーンじゃないのにバルブが付いてる楽器を俗にテナーバスなどと日本では呼びますので、バルブなし無印の「正に」テナートロンボーンの事をはっきり区別するため、私は勝手に「どテナー」と呼んでます=写真1)。IMG_0315.JPG
とにかく「鳴ってない管などは楽器にくっつけない」ことが理想なのです(ホルンもトランペットもチューバもバルブを全部押す音を出す時以外、ほとんどの間「全く鳴ってない管が響きを邪魔する単なる重りとして楽器にくっついている」わけです。これはいけてません)。

さらに楽器を支える支柱とスライド部分の管が二重になるのは必要最低限仕方がないとして、それ以外のパーツは出来るだけ「何にもないに越したことはない」んだろうと考えています。そんな理由で私はバルブが1つもついていない楽器もついつい買ってしまって持っていますが、通常そういった「どテナー」は前後の重さのバランスを取るため、後方のチューニング管の支柱に重り(カウンターウェイト)が付いてるところ、これも取り払って余計な重量物は出来るだけ無くすようにしています(外したウェイトの写真をここで載せたかったのですが、ずっとつけてなかったので紛失してしまったようです=写真2)。IMG_0314.JPG
またスライドの先には「石突き」と呼ばれるゴムが付いてるんですが(お休み中、ずっと手で支えているのは大変なので、ここを床に付けています)、これも本番を中心にしばしば外しています。そうして楽器全体がよりビンビン鳴って、音を止めても手や唇にその響きが「ズゥ〜ン」と残るのが何より気持ち良く感じています。

ちょっと方向が違いますが、このプロの方も同類でしょうか?
http://yoshikawa.sblo.jp/article/62669015.html

しかしまことに遺憾ながら、現代のオケでは、機能的・音域的にトロンボーンでも最低1つのバルブ(及びそれに繋がる管)が必要な時代です。比較的音域が高く狭い、またアクションも激しくない古典的な曲の1stトロンボーンなどを任された場合は、前出のバルブ無し「どテナー」を使いますが、なかなか毎度そればかりというわけにもいきません。しかし1回の演奏会で数ヶ所しか使わないバルブとそれに繋がる管(以下、合わせて「バルブセクション」)を搭載することで、当然、かなり重量が増える上、管がグニャグニャ曲がってしまったり、本体とバルブセクションを繋いで支える部分をあちこち作ることになったりするので、そこら中で響きを抑えられてしまい、理想から離れていってしまいます。

しかし世の中賢い方がいるモンで、バルブの中で出来るだけ小さくクネクネしないようにすれば、抵抗感がなくなってバルブがない楽器 に近い「オープンな響き」が得られるとして、より直線的に切り替え出来るようなバルブが開発され、だんだん普及してきました。私としてはこの流れに乗ってバルブ付きの楽器は、いわゆる「セイヤーバルブ」とか最近の言い方で言えば「アキシャルフローバルブ」いうものが搭載されたものを使っています。

しかしここ数年、世界のトッププロは「適度な抵抗感」を求めて、再びホルンと同じような普通のロータリーバルブが主流に戻りつつあるようです(軟弱者め!!)。こうなってくるとひねくれ者の私としては逆に、「いくら直線的なバルブでも、バルブなしの楽器には及ばないはず」であるから世間のトレンドとは反対に、さらにもっとオープンであるべきと、ついに楽器を改造するに至りました。目の付けどころは、バルブセクションと本体を繋ぐパーツです。良く見ると2ヶ所でバルブを押しても押さなくても通る本体の管(主管)に直接繋がってしまっています。それでは主管の響きが抑えられてしまう。どうにかして取っ払いたい・・・

そこで2ヶ月ほど前、最新の色々な楽器の形状からヒントを得て、バルブセクションと本体を繋ぐパーツを工夫して直接主管には繋がず互いの支柱同士を束ねるような形にして支えることで、この2ヶ所の主管とのジョイント部分を省略する「改造」を実施しました(写真3〜6)。IMG_0313.JPGIMG_0312.JPGIMG_0311.JPGIMG_0310.JPG
もはや主管にはバルブ以外には「どテナー」と同じ支柱しか繋がっていません(バルブセクションは支柱同士で間接的に支えられている)。セイヤーバルブ付きの楽器でこの形のものは多分市販されていません(2ヶ所中1ヶ所だけ同じ仕組みのものはあり)。

で、音は良くなったのか?と言えば「微妙??」です。
同じトロンボーン吹きでもここまでやっちゃう人はちょっといないと思います。
でも気分いいです。まあ所詮自己満足です。
良いんです。趣味だから・・・



追伸
そう言えばマウスピースもイジってました(写真7)IMG_0309.JPG

うざくま
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2017年06月10日

リヒャルト・シュトラウス

次回演奏会のメイン曲は「英雄の生涯」ですが、皆さんリヒャルト・シュトラウスってご存知ですか?
彼は、かの有名なワルツ王、ヨハン・シュトラウスの親戚!

…ではありません。

R・シュトラウスは1864年ドイツ南部のミュンヘン(当時バイエルン王国の首都)生まれの指揮者・作曲家です。同年代の作曲家では1858年生まれのプッチーニ、60年のマーラー、62年のドビュッシーなどがいますが、1825年生まれのヨハン・シュトラウス二世とは何の関係もないそうです。
父フランツはミュンヘン宮廷管弦楽団の第1ホルン奏者。モーツァルトなどの古典音楽派で強烈なアンチ・ワグネリアン(ワーグナー嫌い)を公言していましたが、それにもかかわらず彼はワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」や「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の初演で主席奏者を務めており、ワーグナー自身も認める程の腕前だったのです。彼は他にもヴァイオリン、ギター、クラリネットなど様々な楽器を演奏できたそうです。
母ヨゼファはビール醸造業プジョール家の娘ですが、プジョールは19世紀の終わり頃にはフランスやアメリカまで輸出する大企業になっています。

シュトラウスは音楽万能の父と裕福な母家という恵まれた家系に生まれたわけですね。父フランツの影響(とコネ?)でピアノは4才から、ヴァイオリンは8才、作曲も11才から、それぞれミュンヘン宮廷管弦楽団のメンバーから習っており、家でもフランツが同僚としょっちゅう弦楽四重奏をしていたり、フランツのピアノ伴奏をしたり・・と至れり尽くせりの音楽環境だったようです。
このような環境の中で、シュトラウスは7才の頃にはすでに「クリスマス・ソング」という曲を作曲しており、17才の1881年には交響曲ニ短調が、翌年には「13管楽器のためのセレナード」が初演され好評を博し、20才の1884年にはマイニンゲン宮廷管弦楽団で指揮者デビューも果たしたのです。
その後マイニンゲン宮廷管弦楽団、ミュンヘン宮廷歌劇場、ワイマール宮廷歌劇場、再度ミュンヘン宮廷歌劇場と各地の歌劇場のポストを渡り歩き、1998年にベルリン宮廷歌劇場の第一カペルマイスターに就任。この頃には既に交響詩「ドン・ファン」「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」「ツァラトゥストラはかく語り」等を発表しており音楽家としてドイツ随一と言える程名を上げていますが、その後20年のベルリン時代では歌劇「サロメ」や「バラの騎士」でさらに大成功しています。書けば当たるヒットメーカーで、現在で言えば秋○康と言ったところでしょうか!?

交響詩「英雄の生涯」はベルリンに来た1998年に作曲されており、ベートーヴェンの第3番英雄交響曲を意識して書かれたものですが、この作品の「英雄」とはシュトラウス自身のことだそうです。
この曲は冒頭で<英雄>(=シュトラウス)のテーマが登場し、その後、英雄の足を引っ張ろうとする<英雄の敵>(=ミュンヘン時代にシュトラウスと敵対した歌手やオーケストラや批評家たち!)の描写や、独奏ヴァイオリンによる<英雄の妻>(=シュトラウスの妻、パウリーネ)の愛の歌が演奏され、さらには<英雄の業績>としてシュトラウスの過去の作品の主題がオンパレードで登場するのです。
ベートーヴェンの名曲をモデルにするだけでも大胆だと思いますが、自分をモデルにここまでするなんて、シュトラウスはものすごい自信家だったのかもしれませんね。

そんな背景を調べつつ、譜読みに苦労する今日このごろ。間違ってもウインナーワルツにはならないようにしたいものです。
Vn新人A
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