2016年08月09日

やわたこんとらばすぱーと

八幡オケコントラバスパートに所属し、はや5年。社会人としてのオケ活動も4年目に突入しました!

そろそろパート紹介なるものをしても許される時期ではないかと勝手に判断し、超私的パート紹介をさせていただきます。

※注意:パートのだれにも許可を取っていません! 私の思ったことを書いただけのものです。Cbパートの皆さま、個人情報盛り込んでおりますので、取り下げてほしい場合、速やかにご連絡下さい。

最初はパートトップHさんから。
当たり前ですが、めちゃくちゃ上手です。本当にすごいです。
謎多き人とか、話しかけづらいと思われがちですが(そんなことなかったらごめんなさい)、分からないところもものすごく丁寧に教えて下さります。難しいところは動画を作成し、Youtubeにアップまでして下さります。Youtubeの動画は、オケ曲以外にも様々なジャンルでアップされていますので、皆さまも是非一度検索してみて下さい!(本名検索で出てきます♪)

トップサイドを務めるはTさん。
パート一番の大きな音で、支えて下さるTさんは、いつもパート全体を見てくださります。トップ不在の練習では、「全員自分の見えるところに」といった、さすが学校の先生!と思わせる指導に、見守ってもらえてる安心感を感じます。(←私は安心してる場合ではないこと重々承知しております)

毎週、はるばる福知山から車で来られるIさん。
私はIさんの楽譜程、細やか且つ丁寧な書き込みの入った楽譜を見たことがありません!予習の丁寧さや、華奢できれいなお姉さん♡というイメージからは想像のできない、5弦をばりばり、がしがし惹かれる姿にこれまたギャップ萌えでドキドキです。

次回演奏会メイン曲!幻想を弾きたくてオケを始めたというA先生。
お医者さんとしてめちゃくちゃ日々お忙しい中、合間を縫ってオケの練習に駆けつけて下さっています。新しく購入された楽器は、色といい形といい優しくてかわいくてA先生にぴったりです!わたしはペグの造形が特に好きなので、皆さんも一度見せてもらってはいかがでしょう。(ここでも勝手なこと言っていますが許可はA先生に直接取ってください。)

現コントラバスパートのパートリーダーI先生。
マーラーが大好きなI先生は、私の高校時代の英語の先生で、部活(合唱部)の顧問です。(私の成績については聞かないでください、先生が返答に困ります。)
パート会議では決めるべき議題をまとめ、資料配布をしてくださるという、パートリーダーとしてものすごく頼りになる先生です。

実はひそかに八幡オケ最年少のNくん
結構積極的にアピールしていますが、今一度ここに書きます。彼は現在八幡オケ最年少です。なかなか見えないかもしれませんが、事実です。最年少ながら車も楽器も手に入れ、残すは家だけ(?)と言われている彼に、煙草をやめさせてくれる優しい彼女が出来ることを願っています。

最後に休団中のTさん
とにかく早く帰ってきて下さること、心より願っております!こればかりは私的ではなく、パートみんなが、というかオケみんなが思ってることです。

以上、八幡オケコントラバスパートでした。

Cb I
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2016年07月23日

うちのカメたち

今回は、うちのカメたちのことを語ってみようかと思います。
八幡オケのブログですが、音楽とは全く関係ない話題で失礼…。

うちには大きいカメと小さいカメがいます。
大きいカメは17歳、末娘が生まれた年の夏休み、長男が某スーパーの文房具売り場で出会って連れて帰ったカメ(緑のフタの透明な虫かごに入れられたクワガタやカブトムシと同じ棚に同じように並んでいました)。
小さいカメは7歳、末娘が10歳のときに祇園祭の夜店で出会って連れて帰ったカメ。
出会ったときは、庭の玉砂利と同じくらいの大きさだったのに、今や大きいカメは私の掌2つ分より大きくなってしまいました。重いです。
夏はとても元気です。カメとは思えない速さで移動します。まさにダッシュ。餌の袋を振ったりしようものなら、二足歩行しそうな勢いでやってきます。
夏の間は中庭に出してやるのですが、夕刻になるとちゃんと帰宅します。いつも出入りしている窓のところにきて、網戸をカリカリカリカリ。入れて〜と言っているよう。賢いなぁ、と親バカな私。
柔らかいものも大好き。洗濯物を畳んでいようものなら、いそいそとやってきてフワフワの山に突撃。ワーイワーイと声が聞こえてきそうな表情です。
高いところも大好き。子供たちが床に置きっぱなしにしている通学リュック。ビニール加工でツルツルしますが、何とかかんとかてっぺんまで登りつめ、ヤッタゼ!と達成感たっぷりの表情です。
冬に向けて食欲はなくなって、動作もスローモーになっていきますが、それでも元気。
冬は暖かい所が大好き。小さいカメはファンヒーターを点けると、その前に居座ってウトウトしています。アイロンをかけようとスイッチを入れると、大きいカメはどこからともなく現れてアイロン台の下に陣取ります。よく知ってるね〜、賢いね〜、と、またまた親バカぶりを発揮してしまう私。

何の言葉も発しない地味なカメたちだけど、その豊かな表情でうちの生活に彩りを添えてくれています。


Vc No Kame, No Life!
タグ:VC
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2016年07月09日

親の心、子知らず!?

先月、定期演奏会が無事に終わりました。

プログラムの中に玉井菜採さんのソロで、サン=サーンスのヴァイオリン協奏曲第3番がありました。

比較的聴きやすい曲で、それほど難解なメロディーや和音もなく、ソロの美しい旋律が多い曲です。

メインプログラムはプロコフィエフの交響曲5番で、一般的になじみのある曲ではないし、変な和音も多いし、自宅で練習していても家族から難しい曲だねえーと言われて終わる感じでした。



さて、私には子供が2人おります。

6歳の娘は3歳半からバイオリンを習わせています。

3歳の娘は、いつもお姉ちゃんがバイオリンを弾いていると興味津々で自分も参加してきます。

邪魔なので、下の娘にはお菓子箱に段ボールでペタペタ貼った「お手製バイオリン」を持たせていますが、それなりに、自分で顎にはさんで満足気にしています。

母としては、リハーサル時や本番で玉井先生の美しいバイオリンの音色とか、かっこいい姿を娘たちに見てほしくて、何か感じてほしくて、前日も当日も娘をオケの練習に連れて行きました。

本番中は、ホール最後方の親子室という防音の部屋で、姉妹2人と父親とで鑑賞。

親子室は一番後ろなので、舞台からはかなり遠いですが、意外とガラス越しに子供の姿が私からよく見えています。

本番が始まり、始めにオケ全員立って正面を向くとき、下の娘がピョンピョン飛び上がって手を振っているのを見て、上の娘の姿も見て「よし、頑張るぞ」と思う母。

玉井先生がきれいなドレスで出てきて、聴いてくれてるかな〜と期待しつつ、ヴァイオリン協奏曲が終わりアンコールまで弾いてくれました。

休憩後にまた舞台上に出ると、下の娘が同じくピョンピョン飛びながらこちらに手を振っています。

上の娘の姿が見えんなあ・・・と思いつつプロコフィエフ5番が終了。

演奏が終わって、楽屋にやってきた娘たちと夫。

夫に聞くと、6歳の娘は1曲目のラヴェルの「古風なメヌエット」途中で撃沈して眠ってしまい、ヴァイオリン協奏曲は始めから終わりまで全く聴いてなかったとのこと(泣)。ドレスも見てないし、何も知らん間に終わっていたそうな・・・・

母「玉井先生、きれいなドレス着てたでしょ。かっこよく弾いてたでしょ。見なかったの?」

娘「え?バイオリン・・? 何色のドレス? 知ら〜ん。わからんわ。」

3歳の娘は寝なかったものの、舞台上に母が登場して始まる度に「ママ〜!こっちだよお〜!おーい!」と飛び跳ねて手を振りエールを送って、自分なりに満足したところで終了。その後は遊び始め、全然聴いてないし、せっかくのソリストも見てないしという状態だったようです。



うーん、、、なんだかなあー、、、、

母の心、子知らず・・・・・
Vn-Kae
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2016年06月29日

47回定期演奏会終えて

運営委員長Uです。
先日は雨天にもかかわらず八幡市民オケの第47回定期演奏会に多くのお客様がお越しくださいました。この場を借りてお礼を申し上げます。

今回、個人的には「いつもの少し背伸びした選曲と比べると比較的おとなしいプログラムだ」と思っていたのに、やってみると意外に苦戦しました。3曲ともなかなか身体に入らず、積み木をガタガタに積み上げたような演奏から抜け出すのに時間を要しました。梅雨明けの予報みたいですが、ああ抜け出したんやなと気付いたのは本番1週間前のホール練習でした。もともと仕上がりが遅いのが以前からの課題なのですが、今回は特に遅かったような・・・。

さて、私たちは前日リハはもちろんのこと、空いていれば1週間前の集中練習も本番ホールを使用して行います。いつもの練習場と違う響きを客席で聴いたり、録画や録音をチェックしたりして、事前により良い演奏のためのイメージ作りをすることができるのはとても幸せなことです。前述の通り、今回も1週間前はホール練習でした。その録音を聴いて「あれ?思ってたほど悪くないじゃん」となったのでした。もう少し早くこのレベルに達していれば更に深い表現を探求できるのになと毎回思うのですが、なかなかうまくいきません。これは私たちに限らずアマオケの宿命的課題ではないかと思います。

さて次回は11月。また背伸びと言われそうですが、濃厚な3曲に取り組みます。
フォーレ 組曲「ドリー」(アンリ=ラボー編曲のオーケストラ版)
ヒンデミット 交響曲「画家マティス」
ベルリオーズ 幻想交響曲

いやー、次も楽しそうです。(^o^)
ホルン宇野
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2016年06月07日

初トレーナー

今回初めてトレーナーに就任し、大役を引き受けさせていただきました。
私個人としては、テンポ感のわずかな違い等の指摘を常に受けたこともあり、満足のいく出来ではありませんでした。動画で自分の指揮を見返してみると、それが虚実に現れている回も少なくありません。
私のトレーナーとしての今後の課題は、いかに楽曲を熟知して臨めるかに尽きます。「橋本はちゃんと曲を勉強しているのか」、「橋本がトレーナーになってから練習の質が落ちた」、このような批判は必ず出てくると思います。そうならないよう、次回のドリーに臨みたいと思います。
本番、そして次回の幻想、画家マティス、全力で取り組みましょう!
橋本怜補
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2016年06月02日

プロコフィエフ 音楽はだれのために?

いよいよ来週に迫った八幡市民オケの定期演奏会、メインはプロコフィエフの交響曲第5番です。
第3楽章の真ん中あたりで、オーボエやトランペットなどが八分音符をスタッカートで空疎に響かせる部分があり、指揮者の森口先生がここについて「虚無感」という表現をされ、「プロコフィエフの戦争ソナタに通ずるものがある」というようなコメントをされました。

プロコフィエフの戦争ソナタとは、ピアノソナタの第6〜8番のことを指します。作曲者が名付けた訳ではなく、第二次世界大戦の最中に作曲されたことから、後世になりそう呼ばれたものです。この3曲のソナタのうち、どこが虚無的なんだろう?と、他の団員と少しやり取りしたのですが、交響曲5番の3楽章の当該部分以上に虚無的な箇所はないのではないか?とのご意見、私も概ね同意します。

私はプロコフィエフが大好きで、交響曲以外にもピアノソナタやピアノ協奏曲などを良く聴きますが、このようなやり取りをしているうちに、実はプロコフィエフのことをあまり良く知らないことに気付きました。せっかくなので少し勉強しようかと、八幡市の隣の某市立図書館のサイトで検索したところ、「プロコフィエフ 音楽はだれのために?」(ひのまどか著、リブリオ出版)という本がヒット。なんと児童書なのですが、借りて読んでみると、大変詳しく興味深い話が多く書かれており、また貴重な写真もたくさん載っていて、あっという間に読み通してしまいました。
プロコフィエフがたまたま日本に立ち寄り、数ヶ月滞在することになった際のエピソードなども、とても面白く、これを採り上げたブログもあったのでご紹介します。
http://blog.goo.ne.jp/hirochan1990/e/b6e4a025432693317eb6376a49132a82
その他、特筆すべき(というか私が気に入った)エピソードを少しご紹介します。

・プロコフィエフは13歳でペテルブルク音楽院に入学したが、喧嘩好きで無鉄砲、反抗的でとことん辛辣。入学以来十年間、音楽院中にゴタゴタを引き起こしてきた。その被害者は、音楽院院長のグラズノフやリムスキー=コルサコフ教授など。卒業試験では自作のピアノ協奏曲第1番を演奏、賛否両論の中、見事に一等賞を獲得し、賞品として新品のグランドピアノを手に入れた。

・プロコフィエフ母子のアパートはペトログラードにあり、作曲に行き詰ると外に飛び出し、チェス会館に飛び込むと、居合わせた友人や知人にチェスの試合を挑んだ。「チェスと作曲には共通点が多い。共に、計算と、情熱と、闘争の世界である」というのが彼の持論。エネルギーレベルが異常に高い彼にとっては、チェスのような頭脳競技が最高の気晴らしになった。1917年2月の「二月革命」時は、アパートの中にいても銃声が聞こえ、プロコフィエフはじっとしていられず、町に出て、建物の陰から反乱軍の兵士たちと政府軍の撃ち合いを、興奮に震えながら見ていた。

・日本滞在後にアメリカに渡り、ニューヨークで自作を売り込み、ピアノリサイタルを開いたが、実は保守的なニューヨークの聴衆や批評家は彼の音楽を理解せず、散々な反応。この地の会員制クラブで日本の作曲家、山田耕筰に出会い、激論を交わす。論争に負けたプロコフィエフは山田を認め、自作の演奏会に山田を招待したところ、山田はプロコを絶賛、固い握手を交わした。ニューヨークで認められないプロコは、知人の紹介でオペラ「三つのオレンジへの恋」をシカゴで初演することになったが、初演数日前に指揮者が急死。やむを得ず上演延期に。

・新たな活躍の場を求め、パリに渡る。バレエ「道化師」のパリ初演の成功を記念して、画家マティスがプロコフィエフの肖像画を描いた。

・ロシアに凱旋帰国したプロコフィエフは熱烈歓迎を受け、演奏面で大成功を収めたが、スターリン独裁が進み、先進的な音楽家も迫害を受けるように。国に不満を持つ妻との間が険悪になり、仕事仲間の女流詩人と愛し合うようになり、家族と別居し女流詩人と同居。1941年7月にはドイツ軍によるモスクワ空襲が始まり、トルストイの大作「戦争と平和」のオペラ化に取り組んでいたプロコは戦争に直面することで、オペラのどのシーンも身近で具体的なものになった。戦争はプロコフィエフの性格を変え、以前見られた横柄さや冷淡さは消え、気取らない、温和で思慮深い人間になった。かつては氷と火の表情しか持たなかった瞳の奥に、柔らかい光が宿っていた。

・1948年2月、プロコフィエフに共産党の中央委員会総会への参加要請が来た。他にはショスタコーヴィチ、ハチャトリアン、カバレフスキーなども来ていた。スターリン腹心のジダーノフが以下の決議文を読み上げた。「わが国には、粗野で、俗悪で、人間の正当な精神活動を破壊する、聴くに耐えない音楽を書く人間が存在する。彼らは恥ずべき形式主義の作曲家であり、音楽における反人民的犯罪者である。党中央委員会は先のソビエト音楽活動家代表者会議で、出席した音楽家に名簿を送り、その中に潜む犯罪者の告発を求めた。多くの音楽家が、ブルジョワ的傾向のある形式主義作曲家だとして名指ししたのは、ショスタコーヴィチ、プロコフィエフ、ミャスコフスキー、ハチャトリアン、カバレフスキー…」これに対し、プロコや他の作曲家は「自己批判の手紙」を書き送った。プロコの作品は演奏禁止となり、精神的・経済的に大きな打撃を受けたが、唯一、バレエ「ロミオとジュリエット」だけは、あまりに人気が高かったので例外となった。この苦難の時期に、プロコを崇拝する若きチェリストのロストロポーヴィチとの出会いがあり、彼のために新たなチェロのための作品を作曲した。その後、組曲「冬のかがり火」で四回目のスターリン賞を受賞し失地回復。しかし病気が悪化し、アパートで脳溢血により急死。奇しくも同じ日に、国の最高指導者であるスターリンが同じく脳溢血で急死。モスクワは大パニックになり、プロコの急死を知った友人がアパートに向うも、モスクワめがけて殺到した人の波でなかなかたどり着けず、柩を葬儀場に運ぶのにも何時間もかかった。花という花はスターリンのために買い占められ、プロコのためには一本も残っておらず、柩に飾ることができたのはモミの木の小枝だけであった。

他にも興味深い話がたくさん載っています。プロコを知りたい方には必読の書と思います。
これを読んでから演奏会にお越し頂けましたら、交響曲第5番もまた違って聴こえるかもしれません。

ティンパニ奏者
posted by 八幡市民オーケストラ at 21:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2016年05月19日

来月のサンサーンス楽しみです

 先日は八幡市民オーケストラの年2回の合宿でした。
合宿は、土曜午後から夜9時まで、日曜は午前9時から午後4時まで、合奏、分奏、パート練習が組まれています、また夜は懇親会もあり、なかなか疲れはしますが、とても楽しい合宿です。

 来月の演奏会では、中プロは玉井先生のソロでサンサーンスのバイオリン協奏曲第3番を演奏します。プログラムが決まって、あらためて曲を聴いたら、2楽章はネットラジオでよくかかっていて、いい曲だなあと思っていた曲でした。
とても2楽章は美しいですが、とくに最後のクラリネットとバイオリンのフラジオの辺りは天にも昇るようです。聞いてから、玉井先生がいらっしゃるのが待ち遠しかったのですが、合宿2日目に初あわせがありました。もう期待通りで初っぱなからうるっときそうでした。来月の本番は更に楽しみにしています。
http://yawata.org/event.html

匿名希望の1st Vn.の中の人
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2016年04月27日

持たない者のボヤキ

 ブログネタを探しているうちに1か月過ぎてしまいました。その間に弦トレはあるし、指揮トレは3回もあってとにかく土曜日が巡って来るのが早い!早い!今はそれゆえオケネタは濃すぎるので止めときます。そこで身近なことですが、今回はケイタイについて書きます。

なんといまだにガラケーもスマホも持たない生活をしている身なのです。ここまで普及するとさすがに同情されたり変人扱いされたりの毎日ですが、そんなに不便な生活ではありません。まずこんな個人情報の塊を置き忘れる心配はないし、電車の中やコンサートなどで突然着メロがなることもありません。まわりの人は私がケイタイを持っていないことを知っているので、待ち合わせには遅れないし、わかりやすい公衆電話のある場所を選んでくれます。家を出てしまうと連絡が取れなくなるので、変更などは早めに知らせてくれます。さらに面倒な人に捕まる心配がありません。
良いことばかり並べましたが、結構苦労は絶えません。外出して急用ができて電話をかけようと公衆電話を探しますが、この時代コンビニやスーパーに必ずあるわけではありません。500m四方に1台とか言われているわりにはいざとなるとなかなか見つかりません。かなり歩き回ることになります。夜遅くなって京阪の駅のタクシー乗り場に行ったらタクシーはなく、電話番号だけが書いてありました。自分のケイタイでタクシー呼ぶシステムのようです。この時は最寄りの公衆電話を探しながら、流しのタクシーと出会うことを期待しながら2キロくらい歩いていたら、なんと家に着きました。おかげで、足は丈夫になります。楽器を持っていれば全身、筋力アップします。
今は公衆電話がふさがっていることはまずありません。私のためにあるかのようにいつでもすんなり待たずに使えます。カードと10円玉でかけるこの電話を使ったことがない人も多いようで、駅で小学生に使い方を聞かれました。
最近自宅の固定電話に出たとたん「今どこなん?」とか「今移動中ですか?」とかわけのわからないこと言われることがしばしばあります。うちに決まってるだろ!とは言わず、「今自宅です。」と普通に答えるようにしています。固定電話の使い方がわからない人、私が教えてあげます。

Vaパート 永遠のト音記号恐怖症
タグ:弦楽器
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2016年04月20日

やわたおけなひとびと。

早いもので、前回ブログを書かせてもらってから5年ほど経過しました。
前回は、我がほるんパートの方々をご紹介しましたが、今回は、ほるん以外の方を何名か勝手にご紹介したいと思います。
「何これー、私のこと?」と怒らないで下さいっ(▼∀▼)

まずは、木管のAさん。Aさんの近くに行かれたら、そっと耳をすませて下さい。
ほんわか〜とした、自作?の歌を歌ってらっしゃることが多いです。
私はそれを聞いて、いつもほっこりしています。
穏やかな気持ちにさせて下さって、いつもありがとうございます♬

二人めは、木管のBくん。
彼は大学オケの後輩ですが、八幡オケでは敬語はおろか、私のことをちゃん付けで呼ぶという、態度の大きい?後輩くんです。
合奏中、自分がヒマな曲だと、90度ヨコを向いて座っています。
ただ、同じ係をしているのですが、色々知ってるので、めちゃくちゃ助かります。
会社がマジで大変なので、体に気を付けてね〜。

3人めは、弦楽器のC君。
C君はすっごく楽器がウマいのに、何故かエラそうじゃない。いつもノーマルなんです。
一度、上手やね〜って言ったんですが、誰もそんなこと言ってくれないから嬉しいよーって。
そういう控えめなトコ、スゴイです。
ただ、C君も大学オケの後輩ですが、敬語は使ってくれてないような??
八幡オケって、先輩後輩というよりも、家族的なカンジになれる場所なのかな?と思いました( ^-^)

他にも八幡オケには、こんな方々がおられます。

・地球上から女性がいなくなったら生きていけないであろうDさん
・地球上からビールが無くなったら生きていけないであろうEさん
・火の鳥が吹けたらオケやめると言いつつ、10年以上前に実現してからまだご健在のFさん(まだまだいて下さい!)
・女の人のことも好きでよく抱きついている、ちょっとヘンタイ?だけどカワイイG子ちゃん
・学生の時からシャツの襟を立てて、今でも爽やかなんだけど、ケータイに縛られるのが大キライなH君

……と、いろんな人がいます。

オケ外の方がもし読んで下さっていたら、こんなメンバーがいる八幡オケの演奏、ゼヒ聞きにいらして下さい!
プロコの5番です!←私の永年の夢(*´∀`*)

話がそれますが、指揮の森口先生とは、昔旅行で長野の山奧のローカル線に乗った時に偶然会いました。
一言目が、「何か食べるもん持ってへんか?」
奥様のご実家に行かれる途中で、何時間も乗っておられたらしいです。

すっかり長くなってしまいましたー。
くれぐれも《匿名》ですので、私かもと思っても、笑って許して下さいね(#^_^#)

ほるんのМごん。
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2016年04月02日

プロコフィエフを楽しむ

次回、6月12日の演奏会では、プロコフィエフの交響曲第5番を演奏します。練習が始まっ
てから2カ月。練習の様子は、団の録画機器で毎週記録しており、録画した映像で練習後
にバランスなどを確認できるようになっています。録画を見ていると、特にプロコフィエ
フは譜面が難しく、「弾けなかった〜」「出るところ間違った!」「音程外した(-_-;)」な
どとおぼしき、苦笑気味の表情が目立ちます。
この曲は本当に振り幅の大きい曲だと思います。澄み切った冬の星空を眺めていると涙が
こぼれます、のような歌詞をつけたくなるような美しいところもあれば、正気とは思えな
いような奇天烈なところも。4楽章の最後の方の「タットゥイタカタカタットゥイタカタ
カタッ」(作詞:筆者)も印象的で、「トゥイ」はその後も増殖しながらいろいろなパー
トにどんどん出てくるので、モグラたたきのモグラが顔を出すようなモチーフなのかなと
思ったりします。そんな変なところなのに、楽譜にはなんと「con brio」の指示が! ベ
ートーヴェンのcon brioとはあまりに違う曲想に驚きです。
でも、とにかく楽しい曲だということは間違いなさそうです。団員の表情も、「この不協
和音がたまらないねえ」「ヘンだけど、思いっきり強調して演奏したぜ!」「プロコ、お
もしろすぎる〜」と、プロコフィエフを楽しむ苦笑が増えていけばいいなと思います。
Va プロコフすきー
タグ:弦楽器
posted by 八幡市民オーケストラ at 23:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記