2020年05月24日

準備の時間。

本来であればそろそろ本番の時期となりました。今年は新型コロナウィルスの影響で本番が延期となり、次の演奏会の準備が始まったとはいえ、オケの環境が以前のように戻るにはまだまだ時間がかかりそうです。
さて、ブログの順番をいただきましたので、前回担当したときに引き続いて、「トレーナー」業について少し語ってみたいと思います。いや、前回なんぞ覚えてない、と思われるでしょうが、そうでしょう。私も覚えてませんでしたので…。2年半前だったようで当時の原稿を改めて見て思い出しながら(かぶらないように)書いてみたいと思います。

さて、団内トレーナーとして、団員のみなさんに時々言われることに、「いつ曲の勉強をしているのですか?」というのがあります。たしかに、毎日平日は仕事が忙しくて練習の準備をする時間はなかなか取れないのが実態。そこで、私が実践しているコツ、をちょっと公開してしまいます。正直、まじめに音楽を勉強している人からしたら邪道(!)だと思いますので、ご注意を…

1. まず、死ぬほど音源を聴く。
 担当する曲が決まったら、まず音源を毎日通勤時間に聞きまくります。歩いている時間、電車に乗っている時間。出張なんてあったらなおよし。新幹線や飛行機はその曲にどっぷりですね。正直、ほとんどの場合、寝落ちしちゃうのですが(笑)。その分回数で補います。これは、ともかく曲を体にしみこませるためです。聞き方にも少し工夫は必要ですが、まず体がリズム感や「間」まで覚えてしまうようにします。目標は暗譜で振れるようになるところまでです(できないときもあります)。iTunesで再生回数が確認できますが、目安、50回くらい聞くと、だいたいそれくらいまでいきます。暗譜で振れる、の意味は後述します。

2. 聞き方で注意すること1
 漠然と聞いているだけだと、雰囲気覚えた気にはなるのですが、実は「暗譜で振る」となると、なかなかいきません。それは、聞いているだけでは曲の流れに身を任せた感じになりますが、「振る」ためには、1,2拍前に次の音の指示を出すために2,3拍前に次の音を予測しておく必要があるからです。2拍あとにどんな音(楽器、音符、音程、音量など)が出てくるか、つねに想像しながらプロアクティブに聞く、というトレーニングを歩きながらやります。すると、だんだん覚えます。

3. 聞き方で注意すること2
 同じ演奏を何度も聞くと、特定の解釈に偏ってしまいます。それを避けるため、演奏を複数(できれば3種類以上)ランダムに混ぜて聞きます。演奏によって、間の取り方もテンポもバランスもいろいろなので、固定観念に固まらずにすみます。さらに、「批判的」に聞くことを心がけてみます。つまり、ちょっとしたズレとか、タイミングの取り方、表現方法にあえてケチをつけながら聞くのです。そうすると、こんな音が理想かも、とか、自分の解釈を自分なりに作ることができます。

4. 聞き方で注意すること3
オケ全員で伸ばしだったり、全休符の場合、拍がなくなりますね。そんなときも、しっかり拍をカウントして気を付けて聞くと、次の出番がぴったり合わせられたりして、ゲーム感があって楽しいです。何拍伸ばすのか、休むのか、は指揮者にとっては重要な情報なので、おろそかにしないようにします。全休符をハショる演奏も結構ありますね。これが今度気になってきます。

5.1〜4は、譜面を使わず、歩きながらでも電車乗りながらでもできます。それでもやはり、全く譜面を見ないという訳にはいきませんね。聞いた感じと譜面と譜割りが違うことも多々ありますし、細かな指示記号は音だけでは拾いきれません。したがって、ある程度は時間を作って、譜面を開いて、パートの目印や譜割りの目印をつけながら、曲の構造を理解しようとします。本来は最初から音を聞く前にこの作業できっちり曲を分析するのが正統派なのだと思いますが、1〜4を並行しておくことで、この作業がぐっと手軽に済むのです。

5. 練習が始まったら、練習の録音をひたすら聞く
 今は便利になったもので、練習の録音録画を確認することができます。録音を聞きなおすと、練習時には気づかなかった様々な課題に改めて気づくことが多く、次の練習に役立ちます。それだけでなく、自分の発言の活舌の悪さ(汗)、説明の分かりにくさ、説明の長さ(非効率さ)、棒の見やすさ/見にくさ、みなさんがちゃんと話聞いてくれてるか…など、練習の「質」に関わるいろいろな気付きを得ることができます。

毎週これを回しながら、練習は進んでいきます。どうでしょうか?決して特殊技能でもなければ、血の出るような努力ということでもないです。案外、楽しくやっている(凝り性なだけ?)というのが伝わるでしょうか?
ちょっとネタばらししすぎかも、と若干後悔してます… が、一緒にトレーナーをしてくれる人が増えないか、と思ってもいるので、この程度ならできるぞ、という方が現れるのを期待したいと思います!

団内トレーナー あ
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2020年05月17日

クラリネットとお腹と私

クラリネットを演奏する上で、お腹をもっと上手く使えるようになりたいー私が思っていることです。このお腹とは腹式呼吸のことで、これにまつわるエピソードなどいくつか思い出してみました…。

寝転がると自然にできる腹式呼吸が、起き上がるとできなくなってしまう…。
それならと、寝転がったまま吹こうとし、重力の力に負けてクラリネットが口元に落ちてきて幾度となく痛い思いをするというアホなこともありました。

腹式呼吸で腰まわりの筋肉がどう動いているかを知るために、実際に手を当てて教えてもらったこともありました。
面倒見のいいY兄「ここに手を当ててみ!」ノラリクラリ「はいっ!」
男性の腰に後ろから女性が触る…はたから見て、どのような感じだったのでしょうか。当時の私はちょっぴりドキドキした、今では懐かしい思い出です。

そして腹式呼吸をガンガン使っている人と結婚し、元気で大きな声の娘が産まれました。娘を出産する時、陣痛が急激にきて、看護師さんに深呼吸して!と言われ、腹式呼吸をすると看護師さんに腹式できるの?と驚かれました。わけを話すと、ナルホド楽器ね!と感心されたことがありました。楽器をしていて、こんなこともあるんだなと思いました。

やがて娘が3歳ぐらいになり、お風呂に入っていたある日のこと。
いつものように大きな声で歌っている娘のお腹をふと見てビックリ。お腹から声を出していることに気付きました。あんた上手に腹式呼吸できてるやん!
調べてみると、産まれてすぐは肋骨の角度が水平で呼吸筋が未発達のため、腹式呼吸優位だそうで、肋骨の傾斜が成人に近づき、呼吸筋が発達してくるのに合わせて、胸式呼吸優位となってくるとのことです…。

それから、気管支鏡検査というものを経験した時のこと。
パー♪プー♪と鳴る赤ちゃんのオモチャを渡され、癒されるのもつかの間、始まった検査は鳴らす余裕もないぐらいの大変な検査でした。あまりに苦しかったので、出産で活躍した腹式呼吸をして乗り切ろうとしたら…ゴボゴボゴボ!
肺の奥まで水(薬?)が入り、さらに地獄を味わうことに…。慌てた看護師さんに深く吸わないで〜!と言われ、浅く浅く息をして何とかしのぎました…。

ある先生の公開講座で、オーボエを吹いてる方が、テンポの速い曲で息を吸っていると間に合わないと相談されていました。先生の答えは、胸式呼吸を使うということでした。
え?胸式⁈目からウロコ…。楽器は腹式呼吸だと思いこんでいた私です。
先生の話では、瞬間にガッとたくさんの息を吸いたい時は胸式呼吸の方が向いているそうです。プロの人は胸式呼吸と腹式呼吸を使い分けているそうです。すごい世界だなぁ。

本来人間の体は、胸式呼吸が使う肋間筋を中心とする呼吸筋こそがメインで、腹式呼吸で使う横隔膜はあくまでサブだそうです。また肋間筋は20代から少しずつ老化することが分かっていて、その対策にカラオケもおすすめで「天城越え」や「ダンシング・ヒーロー」などがいいそうです。…何となくこの選曲をする人のタイプがわかります…。
一方、ある人曰く、歌うことを軸においた場合、腹式呼吸はのどに負担がかかりにくくなる為、何曲歌っても声が枯れにくい。胸式呼吸は、喉や肩に力が入るため正しい発声を用いて歌うことができず、のどに負担がかかるため、数曲歌うと声が枯れる、声が出なくなることもあると…。そういえば昔、「ダンシング・ヒーロー」をシャウトして、声が一発で枯れたなぁ。でもあれは、のどは潰したけど、呼吸筋は鍛えていたってこと…?
呼吸について、もっといろいろ調べたり試したりすると面白そうです。

私の場合、お腹を使えるようになったことで自分の音の響きが変わったことに驚き、ちょっとした感動を覚えました。
みんなと交われるような音にちょっぴり近づいたような感じがしています…ほんの少しですけど…。

そして、もっといい音を出してみんなと交わって、もっと思うように歌うこともできて、もっとみんなといい音楽をつくれたら、もっともっと楽しくなるだろうなぁ。
ああ、私には気が遠くなるような話で、何だか過呼吸になってきました…。

すぅ〜ふぅ〜(腹式呼吸)
まずは一歩一歩。これからも前進を楽しみながら、励もうと思っています。

ノラリクラリネットやっすん
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2020年04月23日

皆さま、いかがお過ごしでしょうか?

5月の定期が中止になり、練習も無くなり、飲食の仕事もお店が休業に入った為休みになり、私の生活も180度変わりました。
そしておこもり生活の子供たち、この子たちの学生生活はその時しかない1年1年が大切な物なのにこの状況。。。

辛すぎるけれど、
当たり前の暮らしがとても大事だって事に改めて気づくきっかけになりました。

そして、怠けてしまわないために
普段出来ない事を1日1つはこなそう
とマイルールを決めたり。
子供が、スマホとにらめっこしてても
あんまり怒らんとこーと思ったり。
ランチは、ちょっと楽しめるものを作ったり。
そんな毎日。
何か出来る事ないかな?
出来るだけ前を向いて、暮らしてます。

10月の演奏会が出来る事を願って。
練習も忘れずに。

そして、何よりも身体に気を付けて。
また、当たり前の暮らしに戻れる事を祈ります。

VnのM
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2020年04月09日

時計の針が進んだら

この数週間会社には行かず、オケにも行かず、うちの近所だけの生活になってしまいましたが皆様はいかがお過ごしでしょうか?なんかいろんなことが難しいなあと感じることが増えたような気がして、ネット会議でたまに見る同僚の顔も悩ましい感じにみえてしまう。そんな中行われた小学校の入学式も先生方の工夫で効率よく、短時間で行われました。先週から学童保育だけはスタートしていて、子どもたちは元気いっぱい。お家遊びもだんだん上手になってきて、ブロック、お絵かき、しりとり、自作の迷路、などなどあらゆる興味を何でも遊びにする力には驚かされてしまうことばかりです。先日も私が読んでいた本のカバーにしていた遊園地のチラシを見て、それを模写し始め、これ、何の本?と尋ねられ、私はうまく答えられずシドロモドロ。その本というのが、最近私がお気に入りの哲学者が書いた本で、その一節に、世界の時計が巻き戻りつつあり、19世紀のような風潮になっているようだ、というような言葉があり、ふとチャイコフスキーが生きた1800年代後半のロシアと重なるのかなあ、と想像していました。その当時のロシアは社会主義運動が盛んになりつつあり、社会が自国ファーストな考え方に傾く中、音楽でも自国の色を強く反映したメロディーを書く作曲家が出始めた頃で、チャイコフスキーのシンフォニーもその代表的名曲として解説本によく出てきますよね。特に5番の冒頭は、曲を書く直前に親友の死を経験したことから、「神の摂理の不可解な定め」(宿命?)がテーマになっているという説が主流になっているみたい。私はなぜかこの曲の3楽章が大好きで、理由はわからないのですが、高校生のときに勝手に空想のメリーゴーランドという題名をつけてカセットテープに何回もダビングして聞いていたのを覚えています。自分を現実から開放してくれる夢の世界が本当にそこにあるような気がする、私にとっては麻薬でした。
今はうちの近所だけでほぼ現実逃避の引きこもり状態ですが、いろんなことを何でもかんでも吸い込んで、溜め込んでおくしかないのかな、と諦めています。でも、パンパンになるまで溜め込めばいつかはワッと吐き出すときが来る。そのときにまたみんなで集まっていい音が出せればいいなあと空想しながら、難しいことからちょっと顔をそむけて、それでもまたきちんと前を向いて歩いていきたいですね。

弥益 洋
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2020年03月23日

音楽がノイズになるとき

先日一人でカレー屋へ入った。カレーの辛さやご飯の量、トッピングができるチェーン店だ。
遅い時間に見つけて初めて入った店だったが、店内は新しくきれいで、おしゃれな感じのジャズがBGMに流れていた。
時間のせいかコロナの影響か、ガラガラでお客は他に一組しかいなかった。

さて何を頼もうかメニューを見るのだが、特に今これが食べたいというわけでもなく考えがまとまらない。自分の頭がぼんやりしているのではなく、BGMに気が散っているのだ。
私は学生時分からジャズのビッグバンドで吹いてきたので、このジャンルの音楽はもちろん嫌いではない。
が、空腹とやや疲れて気分の優れないときに、聴きたい音楽ではなかった。
私はだんだんイライラしてきた。“食事をすることで心と体を休めよう”と入ったのに。

気にしなければ耳に入ってこない音量や、他のお客の会話のマスキングに役立っているのならともかく、“音楽を自分の意思に関係なく聴かされる。”これは拷問だ。百歩譲って表現しても「ノイズ」である。
私はカレーを食べに店に入ったはずだ。ノイズを聞きに入ったのではない。

私はこういうときは音量を下げてもらったり店を出ることもあるのだが、それも面倒に思えてそのままメニューを眺めた。このカレー屋は先述のとおり辛さも量も具も選べるのが特徴だ。それはとりもなおさず、お客がそのときの嗜好や体調に合わせたものを食べられる、ということである。

しかし当然のことながらBGMは、音楽ジャンルは無論、音量も、演奏者も曲も選べない。ONOFFさえお客の操作下にはない。
人間は時と場合によって聴きたい音楽は変わるのが当然で、“そもそも音楽を聞きたくないときもある。”

この状況は、いわばカレーに問答無用で注文していないコーヒーを掛けてくるようなものだ。
私ならカレーはカレーで食いたい、コーヒーはコーヒーで、飲みたいときに飲みたい。


店員さんは丁寧で愛想もよかったから、言えばBGMを切ってくれただろう。
しかし「〇〇しないでほしい」と表明することは心理的に面倒なものだ。相手から意外な顔をされることも多い。それは、良かれと思ってしたことを拒否されるわけだから無理もない。むしろ善意の否定と捉えられることもあり、場合によっては反発されることもある。

しかしその善意は本質的なものなのだろうか?サービスの名をかたる一方的な思い込みではないだろうか。
それを押し付けることはいわば“優しさの暴力”ともいえるものだ。

真綿で首を絞めるという言葉があるが、自覚がないまま相手の首を絞めてしまうことは恐ろしい。
本当に相手のためを思うのであれば、“相手の意思を尊重すること”こそが本質的だと私は思う。
人の心は往々にして捉えにくいことが多い。それでも関わり合っていくためには、“何も押し付けない「余白」”が必要ではないだろうか、と私は考えた。

「無いこと」の価値。それを考えているとますます腹が減ってきて、よりカレーが美味く感じられたのは怪我の功名といえようか。

Tp 山田潤
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2020年03月08日

裏切者

コロナウイルスが日本中を騒がせている中、今週はわがオーケストラの練習もお休みとなりました。私個人に関しては木管五重奏の本番も一つ来年に延期です。このところのコンサートは軒並み延期か中止。早く収束して欲しいと思います。

さて、今回の定期演奏会のメインはチャイコフスキーの第五番。私がクラシック音楽を聴き始めた頃から好きな曲です。今から8年前の2012/9/30、SNSにこんな内容をアップしていました。このとき2歳だった息子ももう10歳。今回の演奏会の後、同じ質問をしてみようと思います。

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尾高さん指揮、N響演奏のチャイコフスキーの5番(中国公演)、先程テレビで放映していました。大変な熱演で良かったですね。

四楽章の途中で風呂からあがってきた息子も目をキラキラさせながら見入っていました。途中で「これなあに?」と楽器の名前を聞くので、いくつか教えておきました。終わった後、どれしてみたい?、と尋ねたところ、「たいこ か コントリバス!」だそうです。コントリバスって(笑「大きいの?大きいの?」と盛んに聞いていたので、見た目派手な楽器が良かったようです。

昼間、私のピッコロの練習の横で「お父さん、ピッコロ、いい声してるねえ」っていてたくせにね。
裏切り者め。
フルートM君
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2020年02月23日

演奏会前のヒヤヒヤ

立春を過ぎてもまだまだインフルエンザが気になる季節。
今年は新型コロナウイルスがじわじわと迫ってきて、例年以上にマスクで厳戒態勢の方が多いですね。
(おかげでインフルエンザが大人しい・・・とか?)
未知のウイルスの影響で、演奏会の開催を中止されるアマチュアオーケストラも出ているそう。
早く収束して、心置きなく演奏会を楽しめるようになってほしいものです。

娘が3人いる我が家、インフルエンザにヒヤヒヤするのは毎年の恒例行事。
ここ3年、毎年1人ずつ罹ってます。
そしてたまにはタイミングが悪いことも・・・

遡ってウン十年、私自身、扁桃腺が弱くよく熱を出す子でした。
またそれが遠足とかの当日だったり、何かとタイミングが悪い。
大学生時代も、4年間で2回、定期演奏会の当日に発熱してました(その節はご迷惑を・・・関係者のみなさま)。

そんな私も、就職後は丈夫になりました。
自分の体調の心配は減りましたが、演奏会直前、気になるのは娘たちの体調。
小さい頃は、本番当日熱を出されても大丈夫なように、祖母に子守に来てもらったりもしてましたが、成長とともに風邪を引くことも減ってきて気が緩んできた?頃・・・

2年前、演奏会前日。娘が発熱。インフルエンザでした。
幸い?その時は私は出番が少なく、急遽代わりに出てくれるエキストラさんも見つかり、私はタミフル効果であっさり解熱した娘の見張りをしながら本番当日を家で過ごしたのでした。
丈夫になってきても、やっぱり感染症は大敵・・・

心配性の私。

演奏会の直前、自分の演奏の出来と同時に、自分と家族の体調にヒヤヒヤしながら過ごすのは続いていきそうです。

たいこ・3児の母 あ
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2020年02月07日

脱力する。

僕がチェロを始めて35年くらい。
レッスンでよく言われていたのは、「力をにきなさい」でした。
若い時は何とかなったんですが、最近は腱鞘炎になるなどトラブルを抱えるようになってきました。
前回の定演後からは「力を抜いて」を目標に取り組んでいます。自分なりにうまく出来ていたのですが、年明け早々に、昔からの知り合いの海外の音楽院のチェロの先生にレッスンをしてもらう機会があり、その時に言われたのが「力を抜いて!」でした。
無意識のうちに肩が上がっていて力が入っているとのこと。
そんな所に問題があったとは!
見る人が見るとわかるんだなぁと感心しつつ、
まだまだ道のりが長い!
いつになったら理想に近づくんだろうと思いながら、これからも楽器を弾いていきます。
奈良のチェロ弾き
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2019年10月28日

26年ぶりのチェロコン、次は?

先日、第54回の定期演奏会が無事終了しました。
八幡オケのプログラムでチェロ協奏曲を取り上げるのは実に26年ぶりです。8年前にチェロで入団した私はよく知らないのですが、26年前のチェロ協奏曲もドヴォルザーク(通称ドボコン)だったようです。

チェロコンといえばドボコンといわれるほどの有名曲ですが、今回の上森さんの素晴らしい独奏は、思わず自分の出るところを間違えそうになるほど。そして、ドボコンに続くアンコール曲は<ブリテンの無伴奏チェロ組曲第1番の終曲(第9楽章「無窮動と第4の歌」)でした。
アンコール曲を知っている人はそう多くないかもしれません。
この曲の楽譜をどこかでチラッと見たことがありますが、これってチェロの譜面?と目を疑う超絶技巧の曲で、チェロ団員にとっては、このような曲の実演を間近でみられる楽しみも大きいのです。
なお、今回のアンコール曲は団員にも非公開でした。有名なバッハの無伴奏組曲がくると予測し確信していた私たちチェロパートは「ショスタコのアンコールもバッハだからちょうどいいよね」と勝手なことを言っていたのですが、サプライズのアンコールでした。

前述のとおりチェロコンは26年ぶりということで、26年前から取り上げた協奏曲の回数を確認すると、
・バイオリン 8回
・ピアノ 7回
・クラリネット 1回(10年前)
・チェロ 1回(26年前)でした。
ということで次のチェロコンはまた26年度に・・ではなくて、個人的には4年に1回くらいは取り上げたいなと、そして曲は次もドボコンでなくショスタコ1番とかブラームスのドッペルあたりができたらいいなぁ・・と一人でモヤモヤと考えている今日この頃です。
演奏委員No.6
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2019年10月14日

第54回定期演奏会に向けて…序曲「ヘリオス」について

第54回定期演奏会まで、いよいよ一週間となりました。
今回は、北欧デンマークのニールセン、中欧チェコのドヴォルザーク、ロシア(旧ソ連)のショスタコーヴィチという、バラエティに富んだ3人の作曲家の曲を採り上げます。

私は、団内トレーナーの一人として、ニールセンの序曲「ヘリオス」を担当し、普段の練習を進めてきました。この序曲は、ニールセンの管弦楽曲の中でも最も有名な曲の一つとのことですが、私は恥ずかしながら、今回団内トレーナーを担当するまで聴いたことがありませんでした。しかし聴いてみると実に良い曲で、親しみやすく印象的な、演奏会の幕開けにふさわしい曲だと思います。
今回のブログでは、演奏会当日のプログラムに掲載する曲目紹介文から一部抜粋して、この序曲「ヘリオス」についてご紹介いたします。

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カール・ニールセン(1865年〜1931年)は、デンマークで最も有名な作曲家で、以前のデンマークの100クローネ紙幣にその肖像画が描かれていたほどです。交響曲(6曲を作曲)の作曲家として名高いですが、他にも協奏曲、管弦楽曲、オペラ、室内楽など幅広い作品を残し、特に、一般大衆向けの歌曲・合唱曲は数多く、今でもデンマークの学校や家庭に広く普及し歌われています。同じく北欧を代表するフィンランドの作曲家、シベリウスとは同年の生まれですが、シベリウスと比べて演奏される頻度は低く、八幡市民オケでもニールセンを演奏するのは今回が初めてとなります。

1903年の春にニールセンがギリシャに旅行した際、青く広がるエーゲ海の日の出の美しさに感激して作曲したと言われており、ギリシャ神話で太陽神を表す「ヘリオス」と名付けられました。日が昇って輝き、やがて沈むまでの様子が巧妙に描かれています。
曲は大きく3部構成で、アンダンテ・トランキーロの静かでゆったりした序奏部分(日の出の部)、アレグロ・マ・ノン・トロッポの明るく華やかな中間部分(真昼の部)、再び冒頭と同じアンダンテの結尾部分(日没の部)に分かれます。
冒頭は夜明けから始まり、遠くから静かに響く低弦に乗って、4本のホルンが順番に登場し、柔らかく物静かにファンファーレを奏でます(この曲を通じてホルンが「太陽」を表しているとの説もあります)。ヴィオラの音階によるうねりが、他の弦楽器にも引き継がれます。徐々に太陽が昇るように盛り上がり、ホルンが冒頭のファンファーレを今度は力強く4本一体となって雄大に奏し、トランペットのファンファーレを経て、太陽が強く輝く「真昼の部」へと移行、テンポもアレグロへと速まります。ひとしきり盛り上がったあと、チェロが美しい第二主題的メロディーを朗々と歌い、木管やヴァイオリンに引き継がれ、更に金管楽器が盛り上げた後、テンポはプレストまで速まり、弦楽器が技巧的なフーガを演奏します(ここの難易度が高いためにアマチュアオケの演奏頻度が低いとの説もあります)。再び元のアレグロのテンポへ戻り、最強奏の盛り上がりを見せると、長い時間をかけて徐々に穏やかになり、木管楽器の朴訥なメロディーを経て、冒頭と同じアンダンテのテンポとなり、日が沈む様子をホルンとヴィオラが表し、最後は低弦が消え入るように曲を締めくくります。
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いかがでしょうか、聴きたくなってきませんか?
皆さまのご来場を心よりお待ちしております。
団内トレーナーH
posted by 八幡市民オーケストラ at 00:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記