2017年04月17日

新世界 コントラバス4和音

新世界の第2楽章、イングリッシュホルンの旋律が非常に有名ですが、実はコントラバスにも隠れた見せ場があります。それは第2楽章のラストに弱音で響く4和音ですが、全てコントラバスによって演奏されます。
様々な楽曲に出てくる見せ場の中でも数少ない、チームワークが試される箇所です。それぞれどのような役割を担っているのか、各パートごとに説明していきます。

Des (低)
最低音を担当。和音の基礎の土台となるため、音程のずれはもちろん、かすれた音は許されない。本番でも安定した音が出せるメンタルが要求される。
主に4プルト、小編成オケでは最後尾に座る方が担当する。

Des (高)
1オクターブ上のDesを担当。Des(低)より音量は必要ないが、音程のずれは周囲にすぐ分かってしまうので、間違ってもすぐに修正出来る能力があると有利。
主に3プルト、小編成オケでは後ろから2番目の方が担当する。

As
Des(低)の5度上、Des(高)の4度下を担当。音量はそれほど必要ないが、唯一鳴らす弦が2つ考えられるパート。どちらの弦で弾くかで、その方のセンスが分かってしまう。
主に2プルト、小編成オケでは次席奏者が担当する。

F
Des(高)の長3度上を担当。1番高い音のため音程が取りづらい。和音の最後の味付けを決める第3音の役割のため、責任は1番重い。後ろに分かりやすい合図を送ることも要求される。
主に1プルト、首席奏者は必ずこの音を担当する。

それぞれの役割を知った上で聴くと、相当面白いと思います。本番では誰がどのパートを担当しているのか、乞うご期待下さい。
橋本 怜補
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2017年04月02日

マウスピース選び

 私は木工と刃物店の店員という二つの立場から刃物に関わっている。
 刃物の生命は第一に「切れ味」だ。むろん研ぎの如何によって左右されはするが、「鋼の硬さと粘り強さ」は大きな要素となる。ところが硬さや粘りは見た目で判るものではないので、多くのメーカーは「〇〇鋼を使用」などの情報を謳い文句にする。
 ところが鋼は鍛え方と熱処理次第で、硬くも柔らかくも、粘くも脆くもなる。ちょうど米を炊く際、コシヒカリであろうがササニシキであろうが、炊き方次第で硬くも柔らかくもなるのと同じで、作り方次第でどうにでもなる。したがって「〇〇鋼」なら必ずよく切れる、とは絶対に言えることではない。

 以前NHKで、あるメーカーが「うちの庖丁は〇〇鋼で一番よく切れる。この鋼はうちだけだ」という困ったことを言った。しばらくして「〇〇ブランドの庖丁をくれ、〇〇鋼のが一番切れるのだろ」というお客さんがみえた。ところが、その鋼は他のメーカーにもあるし、鋼種と切れ味に直接の関係はないのは先述の通り。その庖丁は悪い物ではないが一番いいというほどのものでもないことは、研いだ結果で確認できている。それでそのことを丁寧に説明したのだが、「でもテレビが、NHKがそう言っていた」と理解が得られなかった。「なら、NHKで買いなはれ」とまでは言わなかったが、思い込みに囚われてしまうと物の本当の姿を知る機会を失うのだなと思った。

 さてトランペットのマウスピース選びにも、世間にそういう情報があるようだ。ボア(スロート)の太いもののほうが太い音になるとか、大口径のを使いこなすのが上級者であるとか、そういう情報に囚われている人がいるらしい。
 しかし人はそれぞれ歯も唇も違う、また息の使い方も唇とのバランスも、何もかもが違う。マウスピースはそういう個人の特徴と、用途に合わせて選ぶべきものであって、いわば陸上選手が自分の足に合った靴を選ぶのと同じだ。大きい靴を履いているのが良い選手、というような馬鹿な話はない。
 自分にとって大き過ぎる(またはその逆の)ボアや口径はといったものは、望む結果が得られないだけでなく、練習をも無駄にするものでもある。むしろ悪い癖のもとにもなり得るものだ。
 楽器のカタログなどに書いてあることでも、意味のない情報であることが多い。「輝かしい音を出す」とあっても、人によっては響きが少なくなったりして逆にくすんだ音になることもある。結局は、実際に試さなければ本当のことは絶対にわからないということだろう。そういう文言は回り道をさせるだけで、百害あって一利なしといってよい。
 やはり自分の感覚や周りの耳を頼って試していく以外に、良いマウスピースを選ぶ方法はないと思う。

 近年は情報過剰といってよい社会であるが、刃物であれ楽器であれ、そういう情報に呑みこまれることなく素直な目で選べるようでありたいものだ、と私は考えている。さあ、後は練習だ。

Tp 山田潤
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2017年03月18日

私の忍耐修行

私も夫も、それぞれ別ではあるが大学でヴァイオリン、ヴィオラを始めた。

楽器が左手で弓が右手ね(注)、と確認作業に明け暮れるその頃、隣では子供の頃からヴァイオリンを習っていた同級生がソリスティックにメンコンのソロを弾き、初心者一同、羨望の眼差しを向ける…。

そんな学生時代を過ごした後、月日は経ち、いつしか家族でカルテットが夢となった我が家。3歳になった息子にバイオリンを習わせることになった。

幼少期にピアノを習っていた筆者。母から叱られながら毎日1時間ピアノに向かっていた辛い昔の記憶。そんな母親にはなるまいと心に誓った、はずだった。

歴史は繰り返されるものである。

バイオリンの練習は日々義務となり、どんどんやる気をなくしていく遊びたい盛りの息子。親子共々しんどくなり、このままでは音楽が楽しくなくなってしまう!と勇気を出して無期限休止に踏み切った。

しかし。
細く長くでも良い、何らか音楽に親しんでもらいたいと願う親心(エゴ?)がムクムクと再始動。
息子の少し興味のあったチェロをやってみようということになった。
たまたまご近所のレストランで開催されたチェロのコンサートで、日本一上手なチェリスト(息子談)と出会い、幸運なことに、その先生が息子のレッスンをお引き受けくださることになった。
1/8サイズの可愛らしいチェロと、素晴らしい先生に巡り合うことができ、家族一同これからのレッスンを楽しみにしているところである。
この先生、お子様も素晴らしいチェリスト。
一番初めに、『親はとにかく忍耐です』とのアドバイスをいただいた。
親業6年目、忍耐修行はこれからが正念場。
兄のマネが大ブームの3歳の弟くんも「◯◯◯ちゃんもテロやりたい」と言い出した。
テロは勘弁してもらいたいが、チェロであれば、母の忍耐がレベルアップするまであと少し、待ってもらえるとありがたい。
今度こそ、頑張るゾ〜!


注:びよりすとがこよなく愛する、びよら冗句の鉄板ネタ (びよら冗句http://red.ribbon.to/~loveb/index.files/violajoke.htm
母ちゃんはびよら弾き
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2017年03月04日

美しい音は美しい姿勢から

テレビや映画では、役者さんが楽器を演奏しているシーンをよく見ます。それまで全く楽器経験がないままに演技をすることもよくあるのでしょう、見ていてなんとなくぎくしゃくしているな、と思うことがよくあります。自分が演奏経験のあるフルートやピアノについては運指が合っているかもよく分かりますが、なによりも楽器の構え、姿勢が気になるんです。正しい楽器の構えかたを獲得をするのは、それだけでも一苦労なのです。

そんなことを考えながら、自分が今の楽器を始めたころの事に思いを巡らせてみました。中学校のクラブ活動は当時珍しくオーケストラ、女の子はみな弦楽器へ、フルートを希望していたのが男の子ばかりでした。まだ身長150cmしかなかった私がフルートに、160cmオーバーであった友人がコントラバスに回りました。少し大袈裟ですが、背が高ければ人生が変わるところでした。最初の楽器の指導は、ご多分にもれずクラブの先輩で、頭部管で音が出れば、その後は勝手に練習しておいてね!と言った具合です。殆ど自己流で吹いていたため、姿勢は相当に出鱈目だったのでしょう、その後、高校生になりレッスンについた際には、まず楽器の持ち方や演奏時の姿勢から指導を受けました。上半身が反っていたり、支えとなる右手の親指がつっぱっていたり、等々今からはとても見れたものではなかったと思います。その頃見て頂いた先生には今でも感謝しきれない思いを抱いています。その後楽器は休んだり再開したりですが、今でも正しい姿勢で息の通り道をきちんと作ると良い音が出る気がしています。

三年前、急に思い立ち、練習用に全身の映る鏡を買ってみました。見ながら吹いていると、正しく脱力出来ているか、息は正しく吸えているか、指が不必要に大きなアクションで動いていないか、良く分かります。美しい姿勢をしていればすぐに良い音が出せる、という短絡的なものでもありませんが、練習の助けにはなります。面白いですよ。皆さんも一度試してみませんか?

美しい音は美しい姿勢から、です。
フルート M君
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2017年02月26日

初めての発表会

エレクトーンを習っている5歳の娘が、先日初めて発表会に参加しました。

いつか「娘にチェロの伴奏を弾いてほしい」という完全に親の都合で、2歳から音楽教室に通うようになりました。
最初はリトミックなど、音楽の楽しさを感じるところから始まり、
3歳からエレクトーンに少しずつ触れ始め、今では少しずつですが、器用に左手も交えて演奏するようになりました。

本番までの約2週間、一緒に演奏会に向けて毎日練習し、ミス無く演奏出来るようになっていきました。
「上達してるなぁ」と私も感心し、本人も「大丈夫!」と自信満々で本番に望みました。
しかし、いきなり冒頭で一度も起こした事の無いミス!
練習の時は、ミスをすると、弾く手を止めて「もう一回最初からやりたい!」と言う事が多かったので、
「手を止めてしまうのではないか?」と思い、私も一瞬冷や汗が出ました。
しかし、そこで諦めず、もう一度頑張ろうと必死に演奏を続け、見事に最後まで演奏をやりきりました。

演奏が終わった後、「大丈夫かな、落ち込んでないかな?」と少し心配しながら、「どうだった?緊張した?」と聞くと、
「何かドキドキした。でも楽しかった。失敗したけど最後まで演奏したの凄いでしょ?」と答えが返ってきました。
あれだけ練習したので、内心きっと落ち込んでいたのでしょうが、
そのような素振りは全く見せず、気丈に振舞う姿を見て、頼もしく感じました。

音楽を通して、色々な経験をしながら一歩ずつ成長している姿を見て、少し嬉しくなる一日でした。
少しほろ苦いデビューとなった初めての演奏会の後、娘はこれまで以上にエレクトーンが好きになったようで、毎日楽器に触れて遊んでいます。
これからも音楽と共に、のびのびと成長していってほしいです。

一緒に演奏出来る日は、思ったよりも早く来そうな気がします。
(Vc. M)
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2017年02月18日

拍手のあとに

演奏会本番が終わったときの気持ちは試験終了時のそれと似ている。照明に煽られるような高揚感、お、この調子だ、○○(楽器名)のソロもばっちり決まった、晴れた雪の上を絶好調で滑りきった達成感と安堵の向こうから、それは暗雲のように迫ってくる。あと1日、いやせめて3時間あればもう少し練習(勉強)できたのに。聴かせどころが単純な発音(回答)になってしまった、予想外の流れ(追加諮問)になった。後悔とか反省ではない。もう取り戻せなくなった時間を引き戻したいような思いがどこからともなく溶け出てくる。最後に受けた資格試験からもう10数年経つが、演奏会を終えたあとの言いようのない気持ちは毎回新鮮に登場する。
「私、失敗しませんから。」と女性外科医が啖呵を切るテレビドラマがあった。孤高の主人公が、自身の知識と技術、機知だけを武器に、予想外の難局も必ず切り抜けていく。巨大な組織をカサにきて私利私欲に走る輩のメンツが丸つぶれにされていく水戸黄門的展開に、してやったりと拍手を送りたくなる。見えない将来を言い切ってしまえるD門R子は、失敗ではないけれど、、、という言い淀むこともないだろう。台本のない毎日で約束されているのは、これから先も水戸黄門は登場しないということだけだ。
初めての本番演奏だから味わうのだろうか。何度も演奏経験のある曲、複数回の本番なら味わうことはないのだろうか。時々出かけるカフェで、先日ミニコンサートがあった。至福の時が過ぎ、拍手もひととおり鳴り止んだあと、数々の名演奏をこなしてきた人の口から出てきたのは、ああもう大変でした、という言葉だった。職業演奏家だから、2日連続同じプログラムだから、という予想は大はずれ、楽器をなでながら、この人は今きっと「あの気持ち」になっているに違いない。注がれたグラスの水を、巨匠は一気に飲み干した。
才色兼微
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2017年02月03日

「ご縁に恵まれて」

息子がヴァイオリンを習い始めて、約一年が経ちます。
習い始めるにあたり、私が三十数年前に使っていた1/8サイズのヴァイオリンを実家から探し出しました。
思いのほか保存状態も良く、使えそうです。
最近、家の近くに開業した弦楽器工房があったので、メンテナンスをしてもらいました。
さて、先生はどうしよう?
なるべく近いところがいいなあ、と思いつつ、色々リサーチすると、なんと、家から徒歩数分のところに、先生がいらっしゃるではありませんか!
様々なご縁に恵まれて、ヴァイオリンのお稽古は始まりました。

わかってはいたことですが、毎日の家での練習も始まりました。
保育園から帰って、夕飯の支度をしながら練習をみて…と考えていたけど甘かった…
側について、姿勢や構えをいちいち修正しないといけないので、なかなかご飯は作れません。

それもこれも、なんとか時間をやりくりして約一年。
息子の成長に合わせて、ヴァイオリンは1/8から1/4サイズになりました。
これも良いご縁があって、さるお方よりお借りすることができました。

私の1/8のヴァイオリンは、再び休眠期に入りますが、またどこかでご縁を繋げることがあるのかな?あったらいいな、と思っています。

Vn入団25周年
posted by 八幡市民オーケストラ at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年01月07日

新世界よりプラハが好き

八幡市民オーケストラは、次回第49回定期演奏会で、ドヴォルザークの交響曲「新世界より」を取りあげることになりました。
 私が前回この曲を弾いたのは、高校のオーケストラ部の演奏会。ヴァイオリンに触れたばかりの初心者で、かなりつたない演奏だったのは確かです。記録が残っているよと、もし言われても絶対聴きたくないです。
 それから?年が経ち、最後に「新世界より」を生演奏で聴いたのは、もう10年以上前のことになります。それは旅先のプラハでした。
 友人の誘いで予備知識なし、プランなしで出かけたプラハ旅行。石畳。古く美しい建物の並ぶ景観。丘の上のプラハ城。街の中心を流れるモルダウ(ヴルタヴァ)川とカレル橋。美しい街は歩いているだけで嬉しい気持ちになり、すっかりプラハファンになったのでした。
プラハ市民は昔から音楽愛好者が多く、至るところにCD、楽譜や楽器のならぶ店がありました。モーツアルトは歌劇「ドン・ジョバンニ」をプラハで初演し、大好評を博したそうです。ドヴォルザーク博物館もあります。
 そんなプラハの街で、ほぼ毎日観光客向けにコンサートをしているという情報を友人が見つけ、「行きたい」と言い出しました。
 場所は、スメタナホール。プログラムは、スメタナ「わが祖国」とドヴォルザーク「新世界より」。(オケの名は残念ながら覚えていません。)チェコで、なんとベタなプログラム!
 毎日同じ曲を観光客相手に弾いているなんて、絶対やる気のない大したことない演奏にちがいない。そう思った私は、「行かない方が良いよ〜」と友人を説得したのですが、「こんな機会めったにないから」と逆に説得され、しぶしぶついていきました。
 スメタナホール内部は、ひかえめな装飾の落ち着いたホールでした。お客さんはそんなに多く入っていなかったと記憶します。
その演奏は、、、
期待を良い意味で裏切る素晴らしいものでした。音とハーモニーは美しく、作曲家への敬意、祖国への愛を感じる、ほんとうに心のこもった演奏でした。
 ドヴォルザークはアメリカで「新世界より」を作曲し初演したわけですが、この美しいプラハから何千キロも離れた異国の地で、どれほど大きな郷愁を抱いていたのだろう、とせつない気持ちになりながら音楽に聴き入りました。あの時、偏見を持っていた自分をコンサートに誘ってくれた友人に、今でも感謝しています。プラハへ行く機会があれば、ぜひコンサートを聴くことをおすすめします。
 プラハでの感動が忘れられず、今回ひさびさに「新世界より」に取り組むにあたり、チェコ人の指揮者とオーケストラの演奏するCDを買い求めました。厳密にいろいろ聴き比べをしたわけではなく、インターネットで直観で選んだのは、カレル・アンチェル指揮(プラハのカレル橋と同じ名前だからチェコ人だ)、チェコ・フィルハーモニー管弦楽団。いい演奏で気に入って聴いてます。
 今度の八幡市民オーケストラの「新世界より」は、どんな演奏になるのでしょうか?どうぞお楽しみに。

​​​​​​​​Vn MM
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2016年12月27日

ファゴットは難しい

オケの練習のある土曜日はなんとなく朝からそわそわして落ち着かない。
ゴソゴソと苦手箇所をさらってみたり昼寝したりしているうちに夕方になり、
楽器を背負って練習場に向かう。

早めに出たし、樟葉でお茶でもしていこうかな?
今日はよくさらったせいか心が軽い。合奏が楽しみ。
気のせいか背中も軽い。まるで何も背負ってないような軽さ。うん、とても軽い♪
え?ホントに背負ってない!?忘れた!!!!

あろうことか楽器を背負ってくるのを忘れていた。
慌てて取りに戻り、お茶どころかギリギリに合奏に飛び込む。
こういうことが半年に一度はあるから情けない。
外出先で忘れてくる人はたまにいるが、
家から忘れて来る人は珍しいと周りにはあきれられている。


こんな忘れ物大王の私にはファゴットという楽器は難易度が高い。
なにしろ本体が4分割されており、組み立てた後にハンドレスト(※1)、ボーカル(※2)、リード(※3)を付けて完成である。
いざ合奏が始まる段になって「リード忘れた!ハンドレストどっか行った!」とゴソゴソ取りに行くなんてことも多い。
ベルジョイント(※4)なしでステージに上がってしまい
慌てて取りに戻ったというアホな経験もある。


来年の目標は忘れ物をしないことかな?
一度でいいからすべてを完璧に装備して合奏に臨みたいものだ。



わかりにくい注釈 「執筆者の個人的意見」

※1 小さな部品 なくても演奏は可能。
※2 小さな部品 なくては演奏不可能だが、パートメンバーに借りることは可能
※3 小さな部品 なくては演奏不可能で、借りたものでは音が出ない可能性もある。
※4 楽器本体の一部 なくても演奏は一応可能だが、音程や音色などに問題が生じる。第一みっともない。

わかりやすい画像  「YAMAHA 楽器解体全書」より
http://www.yamaha.co.jp/plus/bassoon/?ln=ja&cn=11503
​​​​​​​​ストラップ忘れた
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2016年12月22日

超音速のおはなし

超音速という言葉を聞いたことがあるかと思います。文字のとおり、音の速さを超えた、という意味です。

私にとって、この「超音速」(supesonic)というのはとってもカッコイイ言葉です。

関連する単語として、衝撃波(ショックウェーブ)、マッハなんて単語もぐっと心にきますね。

今流体工学の技術者として働いてご飯を食べているのですが、そのきっかけを作った一つはまさにこの単語。

カッコイイだけで人生の半分くらいが決まることもあるらしい。

残念ながら(?)音楽は音を以って表現される芸術、「超」音速とは無縁。。。

で、なんとか関係ありそうなものがないかと探している中で思い出したのが、ムソルグスキーの「展覧会の絵」。

ムチを鳴らす場面があるのですが、これに思い至った時、

「そういえばムチの先端って超音速出せるやん?パーンって衝撃波聞こえるやん?(*1)」

と、ちょっと興奮してしまいました。

しかーし。まさか舞台上でヒュンヒュン長いムチを鳴らすわけない。ムチ違い。(楽器のムチは、紐状のムチとは似ても似つかない)

Wikipediaで楽器のムチを調べて(*2)心底ガッカリしたのが2分前。

いつか超音速なナニカと競演したいという野望を抱きつつ、今日もぴったりマッハ1(音速)で届くメロディを鳴らすのです。


参考URL:
*1: https://www.youtube.com/watch?v=U9HI2BpWkLM
*2: https://ja.wikipedia.org/wiki/むち_(楽器)

​​​​​​​​(超音速のヴァイオリニスト)
posted by 八幡市民オーケストラ at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記